2018年06月17日

ガザの美容室   原題, Degrade

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監督・脚本:タルザン&アラブ・ナサール
出演:ヒアム・アッバス、マイサ・アブドゥ・エルハディ、マナル・アワド、ダイナ・シバー、ミルナ・サカラ、ヴィクトリア・バリツカ、他

パレスチナ自治区ガザ。とある美容室。
電話できわどい話をしている肩をはだけた女性。
ロシア語で会話する母と娘。結婚式を目前にしている。
離婚した女性。
女性ばかりの美容室なのに、髪の毛をしっかり隠した敬虔なムスリマ(イスラーム教徒の女性)に、一日祈ってればとからかう女性。
お腹の大きな女性が産気づく。前に流産しているという。
義母やまわりの女性たちが、彼女を病院に連れていかなければとあわてるが、外では銃弾の音。とても連れ出せる状態じゃない。おまけに停電。
やがて、外がさらに騒々しくなり、負傷した男が無理矢理入ってくる。
大慌てで髪の毛や肌を覆う女性たち・・・

美容室に居合わせた13人の女性たちの様々な人生模様。
ずっと聴こえている騒音は、イスラエルの飛ばしたドローンらしい。そして、銃声。
これがパレスチナの日常なのだと思った。
どんなに攻撃されても、たくましく生きていかなければならないのだと。

「あんたらがハマスを選んだから、こんなことに!」
「私は選んでない!」
「ハマスもファタハも、どっちもクソよ」
「ハマスがもたらすのは貧困と破壊。イスラエルはオマケ」
こんな会話が飛び出してきて、てっきり「イスラエルに侵攻されているパレスチナ」を描いた映画だと思っていたのに、実は国内の勢力争いが日常に大きく影響しているパレスチナの縮図がこの美容室なのだと気づいた。
パレスチナの政治状況を知らないと、よくわからない会話なので、以下、プレス資料 川上泰徳氏(中東ジャーナリスト)のレビューより抜粋する。
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ガザとヨルダン川西岸は、1994年にパレスチナ解放機構(PLO)の主流組織「ファタハ」の主導でパレスチナ自治が始まった。2006年のパレスチナ自治評議会選挙で、イスラム組織「ハマス」が「ファタハ」を破って勝利した。2007年夏、ガザではハマスがファタハを排除して支配するようになる。ファタハは腐敗して地元の有力家族と結びつき、マフィアがはびこった。一方のハマスは地域に慈善活動、社会活動、宗教活動で民衆に根をはるイスラム組織であるが、強力な軍事部門を有し、ファタハを排除してからは言論を統制する強権体制をつくっている。
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ガザで生まれ育った双子の監督タルザン&アラブ・ナサールが描きたかったのは、政治的な問題ではなく、パレスチナの人たちの抑圧された中での日常。
撮影準備をしていた2014年7月、イスラエルによるガザ侵攻が始まり、ガザで予定していた撮影を中止。2014年9月から10月にかけてヨルダンのアンマン郊外で撮影を行った。政治的にしたくないため、あえてイスラエルの侵攻については語っていない。

美容室の外にライオンが見えて、ファンタジー?と思ったら、2007年に自治政府ハマスが実際に行った「ライオンに自由を」という作戦に基づいたもの。マフィアが地元の動物園から盗んだライオンの救出作戦。銃弾も嫌だけど、野放しのライオンも怖い。

原題『Degrade』は、フランス語で退廃という意味。その名前をつけたヘアスタイルもあるそうだ。
退廃した政治のせいで、苦しい生活を強いられている女たち。「自分たちで政府を作ればどう?」と、ヒジャブの女性には「宗教問題相」、電話している女性には「通信大臣」と閣僚を割り当てていく。男たちよりも、生活向上に役立つ政府ができるに違いない。(咲)


2015年/パレスチナ・フランス・カタール/84分/アラビア語/1:2.35/5.1ch/DCP
配給:アップリンク
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/gaza/
★2018年6月23日(土)より、アップリンク渋谷、新宿シネマカリテほか全国順次公開




posted by sakiko at 21:43| Comment(0) | パレスチナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月03日

ラヤルの三千夜  原題:3000 Nights

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監督:メイ・マスリ
出演:マイサ・アブドゥ・エルハディ、ナディーラ・オムラン、ラキーン・サード

ヨルダン川西岸の町ナーブルスに住むパレスチナ女性の教師ラヤル。たまたま車に乗せた青年がテロの容疑者だったことから逮捕され、懲役8年(3000日)を言い渡される。刑務所ではパレスチナ人の政治犯とイスラエル人の犯罪者たちが混在し、いがみ合っていた。
妊娠していたラヤルは、刑務所内で出産。ヌール(光)と名付けられた男の子は、閉塞感漂う刑務所の中で、皆の希望となった。しかし、2歳になると母親から引き離す規定があり、ヌールは父親のもとに送られる・・・

今年3月に開催された「イスラーム映画祭3」で、オープニング上映されたパレスチナ女性メイ・マスリ監督の作品。
米大使館のエルサレム移転に対するガザでのデモにイスラエル軍が発砲した件に抗議の意を示すとともに、パレスチナに連帯を示すべく、イスラーム映画祭主宰の藤本高之さんがユーロスペースと相談し、1週間限定で緊急公開することになったもの。連日19時から1回のみの上映。

ラヤルは、裁判で、「青年に脅されたから乗せたのか?」と問われます。ラヤルはただただ好意で青年を乗せただけで、彼がテロ容疑者なのかどうかも知らなかったのに、「脅されてない」と答えた為、8年もの懲役刑! このような理不尽な例が数多くあることが伺えます。
そして、やっと刑務所から解放されて家族と一緒に暮らせることになっても、その場所自体がイスラエルに監視された大きな監獄。ユダヤ人の神様が約束した地を取り戻したいという欲望は、いつまで続くのでしょう。ナチスから理不尽な目にあわされたからといって、復讐の矛先をパレスチナに向けていいはずがありません。平和共存の実現する日がますます遠のくのを感じる情勢を憂います。(咲)


◆朝日新聞グローブ 「日本初公開『ラヤルの三千夜』、メイ・マスリ監督に聞く」
http://globe.asahi.com/worldoutlook/2018031200004.html

◆イスラーム映画祭3 3月17日(土)11時からの上映後トーク
http://cineja3filmfestival.seesaa.net/article/459740074.html

2015年/パレスチナ=フランス=ヨルダン=レバノン=カタール=UAE/103分/アラビア語、ヘブライ語/DCP
主催:イスラーム映画祭
ユーロスペース公式サイト:http://www.eurospace.co.jp/works/detail.php?w_id=000274
★2018年6月16日(土)から1週間、 渋谷ユーロスペースにて緊急公開





posted by sakiko at 20:37| Comment(0) | パレスチナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月14日

歌声にのった少年   英題:The Idol 

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監督・脚本:ハニ・アブ・アサド(『パラダイス・ナウ』『オマールの壁』)
出演:タウフィーク・バルホーム、ナーディーン・ラバキ、ムハンマド・アッサーフ

ガザの難民キャンプで育ったパレスチナ人で、「ロケット」の愛称で呼ばれるスーパースター、ムハンマド・アッサーフ。本作は、彼が「アラブ・アイドル」で優勝するまでを描いた物語。

2005年、パレスチナのガザ。ムハンマドは歌が上手な少年。一歳上の姉ヌールや、友だちのアハマド、ウマルとガラクタを楽器にしてバンドを組んでいる。本物の楽器が欲しいと、魚を売ったり、集会で歌ったりして貯めたお金で闇商人から楽器を手に入れる。結婚式で歌う仕事を貰うが、女付き子ども馬鹿バンドとからかわれる。
 そんな折、姉ヌールが腎不全で倒れる。家族は血液型が適合しない。腎臓を買うしかない。音楽教室のカマール先生に「最後に残るのは夢だけだ」と励まされ、ヌールの手術代を稼ぐため結婚式で歌うムハンマド。透析を続けるが、結局ヌールは亡くなる。「歌で世界を変えて!」と言い残して。
2012年、学費稼ぎにタクシー運転手をしているムハンマド。ガザが壊滅的な状況とニュースが伝えている。オーディション番組「パレスチナスター」に出たいが、開催地ヨルダン川西岸地区のラーマッラーに行く許可が出ない。同じ国なのに。
停電が続く中、発電機でなんとか繋いでスカイプで出場するが途中で発電機が壊れて火事になってしまう。「イスラエルの攻撃にガザの人たちが立ち直れますように」とアナウンサー。
 ムハンマドは一大決心をして、カイロで開催される「アラブ・アイドル」の予選に出ることにする。「成功の為には失敗を恐れないで」と送り出す母。そうはいっても、ガザから出国するのは容易ではない。「エジプトまで泳いで行け」という友人。検問所を突破し出入国審査へ。「ビザは本物?」と聞かれ、正直に偽物と答えるムハンマド。クルアーンの朗誦コンクールに出場すると、係員の前でクルアーンを朗誦する。
「神に祝福された声。エジプト人を負かしてやれ」と係員。
 会場のカイロ・オペラハウスにようやくたどり着くと長蛇の列。チケットがないと入場できないといわれるが、なんとか中に入り、トイレで歌っていると、「上手いね」と声をかけられる。事情を話すと「俺は勝てない。使ってくれ」とチケットを譲ってくれる。
 こうして予選に出場したムハンマドは、どんどん勝ち進み、いよいよベイルートでの決勝大会に出演する・・・

姉の手術費用を稼ぐため、「ワクドナルド」(マクドナルドをぱくって MをWに)のハンバーガーをトンネルを抜けてエジプトに届ける仕事をする場面があります。国境を封鎖されているガザに食糧や物資を届ける為、千本以上あったトンネルですが、武器の密輸路だとして、今はイスラエルに破壊されてしまっています。映画の中では、エジプト側からパレスチナに食糧を届けるのでなく、逆に使われていて、それもありだったのかと。
ムハンマドは、現在、国連パレスチナ難民救済事業機関青年大使も務めていますが、ガザ出入国には許可がいるのだそうです。自分の故国なのに!
爆撃にあって破壊されつくしたガザの町で実際にロケをしていて、和平への思いもずっしり感じますが、それ以上に、本作では、どんな境遇にあっても夢を忘れず突進することの素晴らしさを教えてもらいました。(咲)


2015年/パレスチナ/アラビア語/98分/シネスコ/デジタル5.1ch
提供:ニューセレクト 
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:http://utagoe-shonen.com/
★2016年9月24日(土) 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町 他全国順次ロードショー
posted by sakiko at 17:16| Comment(0) | TrackBack(0) | パレスチナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月10日

オマールの壁   原題:OMAR

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監督・脚本・製作:ハニ・アブ・アサド(『パラダイス・ナウ』) 
出演:アダム・バクリ、ワリード・ズエイター、リーム・リューバニ ほか

ヨルダン川西岸地区に住むパレスチナの青年オマール。イスラエルが建設した分離壁の為、幼馴染や恋人の家に行くのに検問所を通らなければならない。近道をするため、8mもの高さの壁を乗り越えて行く日々。幼馴染のタレク、アムジャドと3人で、検問所襲撃を企てる。アムジャドの撃った弾がイスラエル兵に命中。数日後、イスラエルの秘密警察に拘束されたオマールは罠にかかり、協力者になるならと仮釈放される。だが、オマールは親友アムジャドを実行犯として差し出すことはできない。オマールはタレクの妹ナディアと恋仲だったが、仮釈放中にアムジャドもナディアが好きだと知る・・・

2014年11月、立教大学で『オマール、最後の選択』のタイトルで上映されたのを観て、公開を待ち望んでいた作品。オマールの恋の行方を固唾を呑んで見守ったのを思い出します。
高い分離壁で不便な生活を強いられ、それをなんとか打開しようとする人々。そんな中でも、日常は続き、若者たちは恋をする・・・  
政治的な背景はもちろんあるけれど、この映画は、もっと人間の本質を描いた物語。
人間ドラマとしてもよく出来ていますが、アクションあり、サスペンスあり、恋愛ありと、いろいろな楽しみ方ができる映画です。(咲)


主演のアダム・バクリさんが公開を機に来日しました!
精悍な好男子でした♪
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スタッフ日記 『オマールの壁』主演アダム・バクリさんに連日お会いした幸せな日々
http://cinemajournal.seesaa.net/article/436787063.html

特別記事 『オマールの壁』主演アダム・バクリ来日レポート 
http://www.cinemajournal.net/special/2016/omar/index.html
プレス試写後の挨拶、インタビュー、初日舞台挨拶の3本立てです!

2013年/パレスチナ/97分/アラビア語・ヘブライ語/カラー
配給・宣伝:アップリンク
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/omar/
★2016年4月16日(土)角川シネマ新宿、渋谷アップリンクほか全国順次公開
posted by sakiko at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | パレスチナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする