2018年12月01日
彼が愛したケーキ職人 英題:The Cakemaker
監督:オフィル・ラウル・グレイツァ
出演:ティム・カルクオフ、サラ・アドラー、ロイ・ミラー、ゾハル・シュトラウス
ベルリン。ケーキ職人のトーマスの営むカフェ。エルサレムに住むオーレンは、出張でやって来るたび、このカフェのシナモンクッキーをお土産に買って帰る。ある時、オーレンが息子へのお土産をトーマスに相談したことから急接近し、出張のたびに一緒に過ごし愛し合うようになる。ところが、「また一ヵ月後に」と帰っていったオーレンが、いつまでたってもやって来ない。意を決してエルサレムに赴いたトーマスは、オーレンが交通事故で亡くなったことを知る。
一方、オーレンの妻アナトは、夫の死亡手続きを済ませ、休業していたカフェを再開し、息子を育てながら切り盛りしていた。客としてやって来たドイツ人のトーマスが、職探しをしていると知り雇い入れる。ある日、厨房でシナモンを見つけたトーマスは、アナトの息子のためにシナモンクッキーを作る。ところが、店に来たオーレンの兄モティは、非ユダヤ人のトーマスが勝手に厨房を使ったことに激怒。食物規定(コシェル)に反すると捨てさせる。トーマスの作るクッキーの美味しさを知ったアナトは、食物規定に沿って作れば大丈夫と店のメニューに加える。愛する人を失った者どうし、いつしかお互い心のよりどころになっていた・・・
金曜日の夕方、安息日の始まりを告げるサイレンが鳴る。肉用と乳製品用が別になったユダヤ仕様の台所のアパートも出てきて、さすがユダヤ人のために作られた国と興味深い。
アナトは、営むカフェに食物規定(コシェル)認定の表示を掲げているが、安息日の金曜の夜、家ではオーブンを使って料理し、コシェルにもこだわらない。非ユダヤ人が勝手に厨房で作ったというだけで捨てさせる厳格なユダヤ教徒のモティと対照的だ。かように、イスラエルには、宗教にこだわるユダヤ人と、宗教規定を気にしない世俗的なユダヤ人の両方が暮らしている。実は、オフィル・ラウル・グレイツァ監督自身、信心深い父と、宗教に無頓着な母に育てられたことが、この映画に反映されているそうだ。監督自身、ゲイ。宗教に厳格な父親からどのように思われているのか想像がつく。人間らしく生きたいという思いが、この物語の原点なのだろう。(咲)
東京国際映画祭 ワールド・フォーカス部門 「イスラエル映画の現在 2018」で上映され、プロデューサーのイタイ・タミールさんが上映後のQ&Aに登壇。来日できなかった監督に代わって、出来る限り答えますとQ&Aに臨んでくださった。可愛い息子さん二人が同席して、父親の答える姿を見守っていたのが印象的だった。
本作の原点には、監督が学生の頃の経験があるとのこと。監督が短編映画を製作中に知り合ったイタリア人の男性と親密な関係になり、トスカーナの自宅に招かれたところ、彼女と一緒に住んでいたため、彼のことを諦めたそうだ。その彼女から数年後、彼が亡くなったことを知らせてきたのだが、二人の親密なメールなどのやりとりを見てのことだったという。
宗教が出てきたのは、同性愛を批判するためではなく、主張したいことを宗教を加えることで、さらに幅を持たせることができると思ったらから。また、宗教自体を批判するためでもない。同性愛については、イスラエルではLGBTのパレードもよく行われ、オープンな国と強調した。
(撮影:景山咲子)
Q&Aの詳細は、こちらで!
2017年/イスラエル・ドイツ/ヘブライ語・ドイツ語・英語/カラー/DCP/109分
配給:エスパース・サロウ
公式サイト:http://cakemaker.espace-sarou.com/
★2018年12月1日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次公開
2018年10月20日
嘘はフィクサーのはじまり 原題: Norman: The Moderate Rise and Tragic Fall of a New York Fixer
監督:ヨセフ・シダー
音楽:三宅純
出演:リチャード・ギア、リオル・アシュケナージ(『運命は踊る』)、Cマイケル・シーン、スティーヴ・ブシェミ、シャルロット・ゲンズブール、ダン・スティーヴンス
ニューヨークで暮らす初老のユダヤ人ノーマン・オッペンハイマー(リチャード・ギア) は、自称フィクサー。世界金融の一端を牛耳るユダヤ人上流社会に食い込もうと、小さな嘘を積み重ねて人脈を広げてきた。ある日、ニューヨーク訪問中のイスラエルの若きカリスマ政治家エシェル(リオル・アシュケナージ)に偶然を装って近づく。高級な革靴をプレゼントし、まんまと私用の電話番号を聞きだす。が、滞在中に再度会うことは叶わなかった。側近が怪しげなノーマンに会わないよう仕向けていたのだ。
3 年後、エシェルはイスラエル首相となり米国にやってくる。ノーマンは弁護士の甥フィリップ(マイケル・シーン)と共にワシントンD C で開催された支援者パーティに参加する。エシェルはノーマンを見るなり抱きしめ、「ニューヨークのユダヤ人名誉大使」と皆に紹介する。会場にいた人々からの羨望の眼差しに、ノーマンは鼻高々。パーティの帰り道、ノーマンはイスラエル法務省の女検察官アレックス(シャルロット・ゲンズブール)と知り合う。イスラエル首相のお墨付きを武器に得意げなノーマンに、彼女が疑惑を持ったとは気づくはずもなかった。やがて、ノーマンの行動は国際的な騒動を巻き起こす・・・
リチャード・ギアがダンディさを封印。ハンティング帽を深く被り、ちょっと猫背で歩き、しょっちゅうブツブツ言ってる、なんとも胡散臭いおっさん! それだけで、もう、どんな映画なのかワクワクしてしまいます。
ヨセフ・シダー監督は、1968 年ニューヨーク生まれ。6 歳でイスラエルに移住。大学在学中に脚本を書いたデビュー作「TIME OF FAVOR」(00)がイスラエル・アカデミー賞で作品賞と脚本賞を含む6冠に輝き、アカデミー賞外国語部門のイスラエル代表に選ばれています。
『CAMPFIRE』(04)『ボーフォート-レバノンからの撤退-』(07)『フットノート』(11)に次ぐ、5作目となる本作はシダー監督初の英語作品。タイトルもエンドロールも、英語とヘブライ語が仲良く並んでいます。
この物語の原点は、歴史の中で差別・迫害されてきたユダヤ人が、少ない職業選択肢の中から、貴族に資金運用や資金貸付を行う銀行家、金融業者、貿易商などとして生きた「宮廷ユダヤ人」の姿だと監督は語っています。現代版宮廷ユダヤ人としてたどり着いたのが、フィクサーという役どころ。「どうして、ユダヤ人は嫌われるのか?」も検証しての脚本づくりだったそうです。
遠く故国を離れていても、結婚式ではグラスを足で割り、ユダヤの音楽で踊り、エルサレムに思いを馳せる人たち。ニューヨークで金融業界を裏で牛耳るユダヤ社会も垣間見せてくれて興味津々。(咲)
「 嘘も方便」を超える嘘で人脈を広げ、イスラエルのカリスマ政治家と知り合い、彼の名前を利用して暗躍する。こう書くとかなりあくどい人物をイメージするだろう。しかし、リチャード・ギアが歩き方から耳の立ち方(?)まで、1年以上かけて役作りした主人公は多少の胡散臭さはあるものの、人は良さそう。なんだか憎めない。嘘はつくが悪気はないように思えてしまう。そんな主人公がユダヤ人同胞のために忖度したラストは衝撃的。人生の悲哀を感じさせる。(堀)
2016年/イスラエル・アメリカ/英語・ヘブライ語/118分/ビスタ/5.1chデジタル
後援:イスラエル大使館
配給: ハーク 配給協力:ショウゲート
公式サイト:http://www.hark3.com/fixer/
★2018年10月27日(土)シネスイッチ銀座、YEBISU GARDE CINEMAほか全国順次公開!
2018年09月29日
運命は踊る 原題:Foxtrot
監督・脚本:サミュエル・マオズ
出演:リオル・アシュケナージ、サラ・アドラー、ヨナタン・シライ
イスラエル、テルアビブ。瀟洒なアパートで暮らすフェルドマン家に、軍の役人が息子ヨナタンの戦死を知らせにくる。卒倒する母ダフナ。葬儀は軍で仕切るので心配いりませんという役人に、父ミハエルは、ただ黙っている。やがて、従軍ラビ(ユダヤ教の聖職者)が葬儀の打ち合わせにやって来るが、遺体は見せられないという。そうこうするうち、再び軍の役人がやって来て、戦死したのは同姓同名の別人だったという。ミハエルは怒りを抑えきれず、「ヨナタンを即刻帰宅させろ!」と怒鳴る。
当のヨナタンは、イスラエル北部国境付近の殺風景な検問所の基地であるコンテナの中で、スケッチしながら同僚たちと退屈な任務についていた。夜中に若者たちが車で通りかかり、事件が起こる。車から投げ捨てた缶を手榴弾と勘違いしてヨナタンが発砲してしまったのだ。死者が出るが、車ごと砂に埋め、上官は「戦争で起こったこと。何もなかったことにする」と皆に伝える。そこへ、ヨナタンを即刻帰宅させよとの連絡が来る・・・
男女共に徴兵義務のあるイスラエル。たいした実戦はなくても戦死はありえるのだと思い知りました。本作では、戦死を知らされた時の両親の気持ち、誤報だったと知らされた時の安堵の気持ち、折々の夫婦の間の感情の動きも丁寧に描かれています。徴兵され無為な日々を過ごす若者たちの思いも、ずっしり伝わってきます。
そして、誤報がもたらす思わぬ運命!
チラシに描かれている駱駝が運命を握っています。
原題Foxtrotは、1910年代はじめにアメリカで流行した、4分の4拍子、2分の2拍子の社交ダンス。「前へ、前へ、右へ、ストップ。後ろ、後ろ、左へ、ストップ」と、元の場所に戻って来るステップ。どうあがいても、運命は変えられない? (咲)
第74回ヴェネチア国際映画祭審査員グランプリ受賞
2017年/イスラエル,ドイツ,フランス,スイス/113分/ビターズ・エンド/DCP
配給:ビターズ・エンド
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/foxtrot/
★2018年9月29日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
2015年11月27日
ハッピーエンドの選び方 英題:The Farewell Party 原題:Mita Tova(良い死)
監督・脚本:シャロン・マイモン、タル・グラニット
出演:ゼーブ・リバシュ、レバーナ・フィンケルシュタイン、アリサ・ローゼン、イラン・ダール、ラファエル・タボール
エルサレムの老人ホームで妻レパーナと暮らす発明好きのヨヘスケル。今日も音声の変わる器具を使って神様になりすまし、寝たきりの友人の老婦人を電話で励ましている。ある日、末期の病で入院している親友マックスの見舞いにいき、望まぬ延命治療に「もう楽になりたい」という言葉を耳にする。彼のため、自らスイッチを押して、苦しまずに人生の最期を迎えることのできる装置を発明する。
安楽死に猛反対の妻レパーナの目を盗み、同じホームに暮らす仲間たちの協力を得て、マックスを静かに旅立たせることに成功する。秘密裏に進めたはずだったのに、苦しまずに最期を迎えることができる装置の評判は瞬く間に広まってしまう。
そんな折、妻レパーナに認知症の症状が現われ始める。発明に夢中になって妻の認知症の進行に気がつかなかったことに自分を責めるヨヘスケル。一方、自分らしく生きられる時間が短いと悟ったレパーナは、自分のため、夫のため、残された時間をどう過ごすかを考え始める・・・
いつしか誰にも訪れる死・・・
映画を観ていて、4年前に亡くなった母を思い出し、涙、涙でした。母も亡くなる前の2年ほど、認知症でワケがわからなくなっていました。その後、首筋に癌が見つかり、急に悪化し、「なんとかして〜」と苦しんでいました。入院した病院は、延命措置をしない方針でした。かねてから母が希望していた通り、自然に最期を迎えることができたのは幸いでした。
その母は、よく父に「葬儀はどうしてほしい?」と聞いていたのですが、先に自分が逝ってしまいました。お花いっぱいがいいと、よく母が口にしていたので、我が家は本来神道でしたが、花が飾れないので無宗教の音楽葬にしました。喜んでくれたかなぁ・・・
シャロン・マイモン監督(左) タル・グラニット監督(右)
公開を前に来日された監督のお二人、シャロン・マイモンさんとタル・グラニットさんにインタビューの機会をいただきました。母の話をしたら、イスラエルでは、自分がどう死を迎えるかとか、葬儀のことはほとんど話題にしないのだそうです。誰しもが迎える死について、もっと皆で話してほしいという思いもあって、この映画を作ったそうです。
また、イスラエルでは、無宗教で葬儀をしたい場合は、キブツ(生活共同体)でするしかないそうです。キブツといえば、シオニズムの思想のもとに出来たものと思っていたので、意外でした。そして、キブツでの無宗教の葬儀は、ほかの宗教的な葬儀よりも費用が高いのだそうです。それも意外でした。(咲)
インタビューの詳細は、Web版シネマジャーナル特別記事でどうぞ!
http://www.cinemajournal.net/special/2015/happy/index.html
後援:イスラエル大使館
配給:アスミック・エース
2014年/イスラエル/カラー/93分/ビスタ/5.1ch サラウンド/ヘブライ語
公式サイト:http://happyend.asmik-ace.co.jp/
★2015年11月28日(土)シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
2014年12月20日
私の恋活ダイアリー 英題:Sixty and the City
監督・出演:ニリ・タル
60歳を迎えたニリ・タル監督。
同じ男性と結婚・離婚を計3回繰り返し、2児をもうけ孫8人。かつて新聞記者やテレビ局のレポーター兼ディレクターとして活躍し、現在は映像作家として何不自由ない日々をおくっている。
でも、ふっと、このまま独りで年を取り続けるのは寂しい、連れ合いを見つけようと思い立つ。さっそく自己紹介文と写真をあちこちの恋活サイトに登録するも、一向に反応がない。写真が決め手かもと、ミニスカートに胸元を開けたブラウスで色っぽい写真を撮ってアップする。結果、20代から80代までの男性1320人からメールが届く。
本作は、監督が1年8ヶ月の間に実際にデートした男性のうち、撮影許可をくれた人たちとの顛末を綴ったもの。果たして、監督はこれからの伴侶を得ることができるのか・・・
なんといっても私と同年代の女性の恋活とあって、興味津々。しかも、イスラエル。「安息日には映画を観ない」と、デートを断った男性が、ほかの女性と映画館に来ていたとか、ユダヤの新年にニューヨークにいる息子に会いにいったりするくらいで、宗教的にどうのといった特別な要素はほとんどなかったのはちょっと残念だった。でも、時に真剣に、時におもしろおかしく自身の経験をあからさまに語った本作、世の中、こんなにも人生を分かち合える人を探している人が多いのだと、なんだか勇気付けられた。その気になれば、私にも良きパートナーが見つかる?!
お正月に公開される『トレヴィの泉で二度目の恋を』でも、シャーリー・マクレーンとクリストファー・プラマー演じる黄昏を迎えた二人が恋に落ちるように、恋に年は関係ない! 出会いを楽しみにしなくっちゃ! (咲)
配給:パンドラ
後援:イスラエル大使館
協力:あいち国際女性映画祭/シニア女性映画祭
*あいち国際女性映画祭2014では『私は都会派、60歳』のタイトルで上映
2010年/イスラエル/カラー/70分
公式サイト:http://www.koikatsu-diary.com
★2014年12月20日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町他にて、 全国順次ロードショー