2017年07月23日

君はひとりじゃない(原題:Body/Cialo)

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監督:マウゴシュカ・シュモフスカ
脚本:マウゴシュカ・シュモフスカ、ミハウ・エングレルト
撮影:ミハウ・エングレルト
出演:ヤヌシュ・ガヨス(ヤヌシュ)、マヤ・オスタシェフスカ(アンナ)、ユスティナ・スワラ(オルガ)

検察官のヤヌシュは妻を亡くし、娘のオルガと二人で暮らしている。オルガは母親が亡くなってから心を閉ざしてしまい、摂食障害を患って日に日にやせ細っていた。そんな娘をどう扱っていいかわからないヤヌシュは、セラピストのアンナのもとへオルガを連れていく。アンナは独自の療法で傷ついた人々癒していたが、自身も8年前に生まれたばかりの息子を亡くし、仕事と愛犬が心の支えだった。

最初に現れるのが、外で首つり自殺をした男性と検死の人々。ヤヌシュもこの中にいますが、みんながあれこれやっているときに遺体が突然スタスタと歩き出し、向こうへ行ってしまいます。誰も気にせず、観ているこちらは「何?!」とあっけにとられてしまいました。
ヤヌシュは仕事柄毎日のように死体を見て感覚がマヒしているのか、どんなに陰惨な現場の遺体であっても、それはすでにモノ。平気でランチの肉にかぶりつき、後輩に奇異の目で見られます。妻が死んだ後、家の中で起こる現象も不思議とは思いません。娘オルガは父親を嫌い、セラピーでその憤懣をぶつけます。
このオルガ役のユスティナ・スワラは全くの素人、シュモフスカ監督がfacebookで彼女の写真に目を止めて、出演することになったのだとか。痩せ細った身体が痛々しいですが、なかなかの目力です。アンナ役のマヤ・オスタシェフスカは映画と舞台で活躍する女優。声がおなかの底から出ています。観る人によって、シリアスにもコメディにもとれるふり幅の大きい作品。もう亡くなってしまった大切な人がそばで見守っていてくれるといいなぁ、と思います。たまには目もつぶって。
2015年東京国際映画祭ワールドフォーカス部門で上映。この年の第65回ベルリン国際映画祭で銀熊賞受賞、本国ポーランドでも多数受賞しています。(白)


2015年/ポーランド/カラー/90分
配給:シンカ
(C)Jacek Drygala
http://hitorijanai.jp/
★2017年7月22日(土)よりシネマート新宿ほか全国順次公開
posted by shiraishi at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ポーランド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月18日

イマジン  英題:IMAGINE

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監督・脚本:アンジェイ・ヤキモフスキ
出演エドワード・ホッグ、アレクサンドラ・マリア・ララ

リスボンの高台にある視覚障害者のための診療所に「反響定位」の方法を教えるインストラクターとして着任した盲目の男イアン。杖を持たず、自分の舌や指で発する音が周囲のものに反響する音で環境を確認しながら歩く方法を、世界各地から集まった10代の生徒たちに伝授するイアン。隣の部屋で暮らす成人女性のエヴァは、引き籠りがちだったが、イアンから反響定位の方法を教わり、イアンと一緒に思い切ってリスボンの町に出る。陽光を浴びながらトラムの走る街角のカフェで過ごす至福のひと時・・・ 
生徒たちからも信頼されるイアンだったが、やがて、安全第一を考える診療所側はイアンの指導を問題視するようになる・・・

「反響定位」(エコーロケーション)という方法を初めて知りました。耳を研ぎ澄ませて、自分の発した音で周りの様子を知る方法。イアンが、この近くの海を大型客船が通ると言うのですが、目の見える人には建物が邪魔をしてなかなか見えません。客船の存在を信じない盲目の青年セラーノを連れて、ある夜、イアンは波止場までいきます。岸壁すれすれのところで海に落ちてしまうのではと冷や冷や。
診療所は、眼下に美しい家並みと海が広がるリスボンの高台にある古めかしい古い修道院を利用した素敵な建物。(ロケに使った修道院は実際にはリスボンから百キロ以上離れたエヴォラにある) エヴァと散策するリスボンの町並みも、とても素晴らしいのですが、盲目の人たちには、その素晴らしさを耳と肌でしか感じることができないのだと思うとちょっと複雑な思い。
『リスボンに誘われて』(2012年 ビレ・アウグスト監督)でも、トラムの行き交うリスボンの町を楽しめましたが、スイスから衝動的にリスボンに行った男が、町の人たちと普通に英語で会話していることに、とても違和感がありました。本作は、世界各地から視覚障害者が来ている診療所という設定なので、英語で話していても違和感はありません。町ではポルトガル語も聞こえてくるし。
ポーランドの監督が、主演に英国人男優と、ルーマニア系ドイツ人女優をキャスティングし、障害のある若者たちも、イギリスから7人、ポルトガルから7人、フランスから2人を起用。ボーダレスな映画の誕生です。このところ、素晴らしい映画続出のポーランド。また一つ、忘れられない秀作です。(咲)


2012ワルシャワ国際映画祭 監督賞受賞/2014ポーランド映画賞 音響賞受賞

2012年/ポーランド・ポルトガル・フランス・イギリス/105分/カラー/デジタル/5.1ch
提供:ダゲレオ出版(イメージフォーラム・フィルムシリーズ)
配給:マーメイドフィルム
後援:ポーランド広報文化センター、ポルトガル大使館
公式サイト:http://mermaidfilms.co.jp/imagine/
★2015年4月25日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開 梅田シネ・リーブル、名古屋シネマテーク他 全国順次公開
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2015年03月22日

パプーシャの黒い瞳   原題:Papusza

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監督:ヨアンナ・コス=クラウゼ、クシシュトフ・クラウゼ
出演:ヨヴィタ・ブドニク、ズビグニェフ・ヴァレリシ、アントニ・パヴリツキ

ポーランドの女性詩人ブロニスワヴァ・ヴァイス(1910-1987)の物語。
文字を持たないジプシーの一族に生まれた彼女は、愛くるしさから“パプーシャ(人形)”の愛称で呼ばれて育つ。幼い頃から、言葉に惹かれ、文字を学びたいと願う。やがて詩を詠み、ジプシー女性として初めての詩人となる。
父の意向で年のはるか離れたジプシー音楽家と結婚。詩人イェジ・フィツォフスキが秘密警察に追われ、逮捕から逃れるためジプシーに匿ってもらおうと彼女の夫のところにやってくる。イェジ・フィツォフスキはパプーシャの詩人としての才能に気づく。フィツォフスキの逮捕状が取り下げられ、彼女のもとを去るが、彼は彼女の詩を出版する。しかし、そのことで彼女は古くから伝わるジプシーの秘密を外部にさらしたとして、ジプシー社会から追放される・・・

パプーシャが生きた時代のポーランドは、第二次世界大戦をはさみ、激動の時代。ポーランドの現代史を背景に、ジプシーの女性がたどった運命が、モノクロの美しい映像と、ジプシーの切ない音楽で語られる。
文字を持たない社会に生まれた彼女が、なんとか文字を学びたいと努力する姿が素晴らしい。一方で、ジプシーの人たちが波乱の歴史の中で被った運命を知り、涙。(咲)
4/12追記:
ジプシー(ロマ)の人たちが、インド西部から世界に散らばり、ヨーロッパ各地にもいることは知っていたのですが、ポーランドにも多くのジプシーの人たちがいることを知ったのは本作を通じてのことでした。
『ジプシー・キャラバン』(2006年)のジャスミン・デラル監督にインタビューした折に、「流浪して千年以上経っていますが、言葉に共通項は?」と伺ったら、「もちろん! 各地で変化はしているけれど、ロマ語がきちんと話されています。インドのサンスクリット系の言葉。私自身インドを知っているので、聴いた感じでわかります。あと、すべてのロマの人たちに共通するのが、老人を敬うこと。これは、欧米に比べものにならないですね。伝統的に、なによりも家族が最優先。No.1以上。No.1から2、3、4、5まで、とにかく家族が一番。女性はその中で順列があるけど、特定の女性は敬われていて、母親は特に敬われています。女性が映画監督になろうだとか、議員になろうだとかいったことは大変。ロマの女性が社会進出をするのはかなり難しいことですね」と答えておられました。パプーシャが詩人として認められるにいたったのは、大変なこととあらためて思います。
「世界中のロマの人たちが、いろいろなチャットルームを作っていて、共通のロマ語で会話しています」ともおっしゃっていて、住む場所が違っても、口伝えで言葉が連綿と繋がっていることを感じました。
インタビュー記事はこちら
http://www.cinemajournal.net/special/2008/gypsycaravan/index.html
ウルドゥー文学研究者の麻田豊氏も、「『パプーシャの黒い瞳』は全編を通してほぼIndic語派のロマニー語で語られるが、案の定いくつかのヒンディー/ウルドゥーと共通する単語が聞き取れた。pani, dekh, sunなど」とおっしゃっている。もう一度、ちゃんと台詞を聴きとりしなくちゃ!(咲)


この作品を観て、あまりにジプシーのことを知らないのに気づいて愕然としました。流浪の民、長いスカートとスカーフ、音楽と占いなどなど、昔少女マンガで得た印象から少しも増えていないのです。実在の女性詩人の一生に、胸を痛めながらもなぜ?と思うことも多く、わからないことばかり。
プレスに紹介されていた「立ったまま埋めてくれ―ジプシーの旅と暮らし」(イザベル・フォンセーカ著くぼたのぞみ訳/1998年青土社刊/430p)を図書館で探して読み、やっとおぼろげながら納得しました。言語や慣習など独自の文化を頑なに守ってきた民族であることが詳細に綴られています。大戦時に虐殺されたジプシーの人々もかなりの数にのぼったこと、各国で受け入れられず辛酸をなめてきたこと、今も差別の根は存在していることがわかりました。著者はユダヤ系アメリカ人の女性で、実際に彼らと暮らして言葉を学び、東欧諸国を旅した上で書かれたというのにも感銘を受けました。この本の最初の章がパプーシャについてなのです。映画の前でも後でも楽しみを損なうことはありません。より深く理解するのに役立ちます。(白)


配給:ムヴィオラ
後援:ポーランド広報文化センター
2013年/ポーランド/ロマニ語&ポーランド語/2時間11分/モノクロ/1:1.85/5.1chデジタル/DCP
公式サイト:http://www.moviola.jp/papusza/
★2015年4月4日より、岩波 ホールほか全国順次公開
posted by sakiko at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ポーランド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月06日

幸せのありか(原題:Chce sie zyc)

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監督・脚本:マチュイ・ピェプシツァ
撮影:パベウ・ディルス
出演:ダヴィト・オグロドニク(マテウシュ)、カミル・トカチ(マテウシュ少年期)、アルカディウシュ・ヤクビク(マテウシュの父)、ドロタ・コラク(マテウシュの母)、カタジナ・ザバツカ(マグダ)

1980年代、ポーランドが民主化への大きなうねりの中にいた時代、マテウシュは重い障害を持って生まれた。専門家に知的障害と診断され「植物と同じ。将来も良くなることはない」と決め付けられるが、知能は正常で伝える手段がなかっただけであった。しかし愛情深い両親のもとでマテウシュは成長していく。
星を見る楽しみを教えてくれた魔法使いのような父が亡くなった後、母も年老いて彼の世話ができず、姉が結婚したのを機に知的障害者の施設に入れられてしまった。伝えたい欲求は発作とみなされ、不満をかこつ日々。孤独と戦う彼の前に若く美しい看護師のマグダが現れる。

マテウシュを演じたカミル・トカチ(少年期)、ダヴィト・オグロドニクの演技に目が釘付けになりました。ダニエル・デイ=ルイスやムン・ソリもよかったけれどそれ以上。パントマイムを学び、施設に通い、長い時間をかけて体得したのだそうです。意志が伝えられず苦しむ姿、小さなできごとに喜びを見出すようす、純な心がまっすぐに伝わってきます。
言葉を発せない彼の心の声はナレーションで入り、ユーモアとシニカルな視線のセリフにくすりとさせられます。章ごとに現われる小さな記号がキーワード。ついにその記号を指して3つの単語″を伝えることができるマテウシュに思わずもらい泣き。誰もが心揺さぶられる要素がつまった作品です。モデルとなったプシェメクと、演じたダヴィトのツーショットがエンドロールで見られます。(白)
ポーランド映画祭2013では『ライフ・フィールズ・グッド』として上映。


2013年/ポーランド/カラー/107分
配給:アルシネテラン
(C)Trmway Sp.z.o.o Instytucja Filmowa“Silesia Film”, TVP S.A, Monternia.PL 2013
http://www.alcine-terran.com/shiawase/

★2014年12月13日(土)より、岩波ホールほか全国順次ロードショー
posted by shiraishi at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ポーランド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする