監督:ジアド・ドゥエイリ (『西ベイルート』)
出演:アデル・カラム、リタ・ハーエク、カメル・エル・バシャ、クリスティーン・シュウェイリー、カミール・サラーメ
レバノンの首都ベイルート。とある住宅街で、違法建築の補修作業の現場監督であるパレスチナ人のヤーセルは、バルコニーから水が落ちてくるのに気づき、トイを補修する。ところが、その部屋に住むレバノン人のトニーは、勝手に取り付けたと憤慨しトイを壊してしまう。そのことに対し「クズ野郎」と言い放つヤーセルに、トニーはさらに憤慨。
この些細な出来事が、謝罪する、しないで、大きな揉め事に発展し、あげく、トニーはヤーセルを告訴。法廷に持ち込まれる。トニーは大手弁護士事務所の切れ者ワハビーに原告代理人を依頼。一方、本件はパレスチナ人に対するヘイト・クライムだとして人権派の女性弁護士ナディーンがヤーセルの弁護を申し出る。実は、ワハビーとナディーンは親子。
法廷は、単なる暴言を巡る仲裁から、政治問題へと発展し、国をあげての論争に発展してしまう・・・
レバノンの複雑な人口構成や、内戦の歴史が背景にある本作。
イスラーム教スンニ派のジアド・ドゥエイリ監督は、キリスト教系のファランヘ党に所属する女性ジョエル・トゥーマと共に脚本を執筆。人種や宗教の違い、さらには女性の目線も入れて、それぞれに配慮して描いたものとなっています。また、監督の父は裁判官、母は弁護士という背景もあり、特に弁護士である母からは法廷シーンについてアドバイスを得たそうです。
話が進む中で、パレスチナ人のヤーセルは、ヨルダンのアンマンで難民として暮らしていたが、1971年にレバノンに移住してきたことが語られます。ヨルダン政府と軍がパレスチナ人7千人を虐殺。そのことがあってヨルダン政府はパレスチナ人をレバノンに移住させたのです。一方のトニーは、生まれ故郷であるベイルートから20分程南東のダムールで、1976年にパレスチナ難民やイスラーム教徒によるキリスト教徒虐殺事件があって、故郷を離れたことが判明します。ヤーセルもトニーも、歴史に翻弄された人生をおくっているのです。
けれども、監督が描きたかったのは、レバノンの特殊な背景ではなく、正義とは何か? 人はどうしたら許しあえるのか? といったことではないかと感じました。
争いのもとになった暴言は、「パレスチナ人なんか、シャロン(2001年〜2006年のイスラエル首相)に抹殺されていれば!」というものでした。法廷で問われても、言ったトニーも、言われたヤーセルも決して明かしません。これを言っては、さらに論争が泥沼になるとわかっているから。
原題『L'insulte』は、侮辱という意味。
人は、それぞれいろいろなものを背負って生きています。お互い、どんな背景があるのかは知らなくても、それを察しながら、思いやることが円満に過ごす術でしょうか。
映画の最後に、「海の花嫁」と呼ばれた美しいダムールの町の過去の姿が映し出されます。世界には、争いごとのために愛する故郷を失った人が数多くいることにも思いが至りました。(咲)
2017年/レバノン・フランス/アラビア語/113分/シネマスコープ/カラー/5.1ch
配給:ロングライド
公式サイト:http://longride.jp/insult/
★2018年8月31日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
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