2017年08月27日

もうろうをいきる

mourou.jpg

監督:西原孝至『わたしの自由について SEALDs 2015』
撮影:加藤孝信、山本大輔
音楽:柳下美恵

目が見えず耳も聞こえない“盲ろう”の人たちは日本全国に14000人ほどいるそうです(把握していない方もいるはず)。彼らの日常生活、介助者、支援する組織などを追ったドキュメンタリー。新潟県佐渡島で支援を受けながら一人で暮らしている女性、震災と津波に襲われた石巻市の男性、柔道に打ち込みながら自立し、結婚したいと願う広島の男性、通訳者の訪問を心待ちにしている女性たち…の日常に密着。東京大学先端科学技術研究センターの福島智(ふくしま さとし)教授ら各方面の関係者、支援者、団体も紹介。

盲ろうであるというのは「まるで宇宙にたった一人でとり残されたよう」と表現した方がいます。健常者には想像することも難しい状態ですが、自分がその立場になったら果たして、こんなに生き生きと暮らしていけるだろうか。ここにたどり着くまでにどれほどの不安や怖れを抱いて日々を過ごしたのだろうかと胸がつまるようでした。盲ろう者のコミュニケーションの手段には、点字のほかに通訳者や介助者に触れる触手話、指点字、書き文字(手のひらに指で書く)などがあります。いつからどちらが失われたのか、盲とろうどちらがベースか、などで変わってきます。どの方も一心に集中して、嬉しそうに“会話”しているのが印象的でした。
人と人が関わって暮らしていくことを厭うような風潮が見られるこのごろです。目が見え、耳が聞こえても、心に高い垣根を張り巡らしていれば孤独から抜け出すことはできません。障がいのある人にかぎらず、誰もがバリアフリーな社会を目指せばもっと生きやすくなるとしみじみ思いました。

福島智教授は腕白坊主だったそうですが、子どものころからだんだん見えなくなり3歳で右目、9歳で左目の摘出手術を受けます。それでも点字を覚え、読書やスポーツ、軽音楽を楽しんでいた盲学校中学生のときに右耳、高校生で左耳の聴力を失ってしまいます。18歳でどん底まで落ち込んだ後、自分の「見えない、聞こえない」状態は何か意味があるのだろうと自分で納得します。大きなハンデを背負いながら盲ろう者として初めて大学進学をし、全国の盲ろう者に希望を与えました。2008年より東京大学先端科学技術研究センター教授。
今、日本全国に広く知られている「指点字」は福島教授のお母さんの福島令子さんが、考案したもの。ちょうど台所にいて簡易点字器も紙もなく、智さんの指に自分の指を乗せ、点字タイプライターの要領で「さ と し わ か る か」としたのが始まりであったそうです。著書「さとしわかるか」(2009年/福島令子/朝日新聞出版)に智さんの生い立ちから詳しく書かれていました。(白)


2017年/日本/カラー//91分
配給:シグロ
(C)2017 Siglo
https://www.facebook.com/mourou.ikiru/
★2017年8月26日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
posted by shiraishi at 15:10| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: