2016年06月26日

ペレ 伝説の誕生   英題:PELE: BIRTH OF A LEGEND

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脚本・監督:ジェフ・ジンバリスト、マイケル・ジンバリスト
出演:ケヴィン・デ・バウラ、ディエゴ・ボネータ 、コルム・ミーニイ、セウ・ジョルジ、ヴィンセント・ドノフリオ 、ロドリゴ・サントロ

今やサッカーの王者として名を馳せるブラジル。
本作は、17歳にしてW杯に出場し、ブラジルを初優勝に導いた英雄ペレの物語。

本名エドソン・アランチス・ドゥ・ナシメント。ペレは、バウルという貧しい村で、洗濯物を丸めたものをボールがわりにサッカーに興じる少年時代を過ごしていた。1950年、自国開催のW杯でブラジルは決勝で敗れる。(マラカナンの悲劇) 涙に暮れる元サッカー選手の父に、ペレは「いつか僕がブラジルを優勝させる!」と約束する。父親の指導で、硬いマンゴーの実を蹴って技術を習得するペレ。16歳の時、約20年間在籍することになるサントスFCに入団。18ヵ月後、1958年のスウェーデンW杯でブラジルを初優勝へと導く。17歳でのW杯優勝はいまだに破られていない最年少記録だ。その後も、ペレはブラジル代表として活躍し、1974年にはニューヨーク・コスモスに移籍。アメリカにサッカーを知らしめる役割を担う。1977年10月、人生最後の試合の折には75000人の観客を前に「ラブ!ラブ!ラブ!」と呼びかけた。引退後はスポーツの親善大使などを務め、今も社会貢献を続けている。

黒人差別のある中、スラムで育ったペレが、W杯で3回ブラジルを優勝に導き、サッカーの王様として崇められる存在となった背景を紐解くドキュメンタリー。
父親が膝の怪我のためサッカー選手をやめ、その後、貧しい生活に陥ったことから、息子のプロサッカー入りを反対していた母親。やがて父親と共にペレを応援。家族愛がペレを支えたことに、ほろりとさせられます。
本作を観て、ジンガというブラジルサッカー独特の型を知りました。奴隷として連れてこられたアフリカの人たちが、看守にばれないようダンスのフリをして自分たちの伝統的な格闘技を守ろうとした「カポエイラ」。その基本的なステップがジンガ。リズミカルな足の動きをサッカーに応用したもので、ペレがそのスタイルでプレーをした時に、当初は監督からも否定され、観客からもブーイングを受けたそうです。政府が黒人の遺産をぬぐいさろうとカポエイラを禁止しようとしたことがあることも思うと、当然の成り行きだったのでしょう。それが今や、ブラジルサッカーのスタイルとして定着。このこと一つをみても、ペレの功績は大きいなと思います。

さて、この映画の監督、ジェフとマイケルの兄弟のジンバリストという名字に、はっと思い出したのが、1960年代に毎週かかさずに見ていたTVドラマ「サンセット77」の主役 エフレム・ジンバリスト・ジュニア。もしやと思ったら、本作の監督たちのお父様でした。

あと、この映画で忘れてはならないのが、音楽を担当したのがA・R ラフマーンだということ。『スラムドッグ$ミリオネア』(08)でアカデミー賞作曲賞と歌曲賞をダブル受賞したインドの音楽家です。サッカーの動きに連動した躍動感溢れる音楽に、最初から最後まで酔いしれました。(なので、もしかしたら、中には音楽がうるさいと感じる方がいるかも)
A・R ラフマーンは、今年、福岡アジア文化賞を受賞されます。
授賞式および講演会の申し込みはこちらから!
http://fukuoka-prize.org/contact/apply/

『ペレ 伝説の誕生』は、サッカーに興味のない方にも、音楽を味わいながらヒューマンドラマとして楽しめる感動作です。(咲)


2016年/アメリカ/107分/スコープサイズ/5.1chサラウンド
配給:アスミック・エース
公式サイト:http://pele.asmik-ace.co.jp/
★2016年7月8日(金)ロードショー!


posted by sakiko at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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