2015年12月04日

海難1890

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企画・監督:田中光敏
脚本:小松江里子
音楽:大島ミチル
出演:内野聖陽、ケナン・エジェ、忽那汐里、アリジャン・ユジェソイ、小澤征悦、宅間孝行、大東駿介、渡部豪太、徳井 優、小林綾子、螢 雪次朗、かたせ梨乃、夏川結衣、永島敏行、竹中直人、笹野高史

日本トルコ友好125周年を迎えた2015年。
本作は、両国の深い絆の証である二つの史実を描いた物語。

その1「1890年エルトゥールル号海難事故編」
1890年9月、和歌山県串本町沖でオスマン帝国の軍艦「エルトゥールル号」が台風に遭遇して座礁し大破する。船には、明治天皇への謁見を終えたオスマン帝国初の親善訪日使節団一行と乗組員618人が乗っていた。大惨事を知った串本の人たちは、町をあげて暴風の中、献身的な救助を行った。500名以上が命を落としてしまったが、69名の命が救われた。備蓄の少ない中から食事や衣服を提供し、手厚い看病を続けた串本の人たち。その後、69名は無事故国に帰還する。

その2「1985年テヘラン邦人救出劇編」
海難事故から95年後。1985年、イラン・イラク戦争の停戦合意が破棄され、空爆の続くのイランの首都テヘラン。サダム・フセイン大統領が48時間後、イラン上空を飛行するすべての飛行機を無差別攻撃すると宣言。日本大使が外務省に救援機を要請するが、就航便がないことから無理だと言われる。他の国々の人たちが自国の救援機で脱出する中、日本人は取り残されてしまう。それを救ったのがトルコの救援機だった。日本の官民からの要請を受けたトルコのオザル首相は、自国民を危険にさらすことになるとの周囲の反対を押し切って、日本人のための救援機の追加派遣を決断する・・・

串本沖で海難事故にあったエルトゥールル号に乗っていたトルコの人たちを串本の人たちが助けた美談が、トルコの教科書にも載っていて語り継がれていると聞いたのは、32年前、初めてトルコを訪れた頃のことでした。トルコの人たちが親日的なのは、日露戦争でトルコの敵ロシアを倒したからという話は、それ以前にも聞いたことがあったのですが、それ以上にこのエルトゥールル号事件がトルコの人たちの日本への思いに深くかかわっていると知りました。
1985年、イラクからの無差別攻撃宣言の中、オザル首相が英断をくだしたのも、1890年に自国民が日本で助けられたという思いもあったのでしょう。(オザル首相は1993年に亡くなられました。本作で演じた方、なかなかよく似ています)
そして、このトルコの救援機で、私の勤務していた会社の上司ご夫妻(ご自宅もすぐそばでした)と、大学の1年先輩がテヘランを脱出しています。上司の奥様から、「テヘランの航空会社をいくつも回って航空券を入手しようとしたけど駄目だったのよ」と聞かされたのを思い出します。そして、大学の先輩はその後イスタンブルに駐在中の1999年、トルコで大地震が発生。1985年に救援機で助けられた関係者を中心に義捐金を集め、トルコ政府に手渡すという大任を預かりました。
95年を経た二つの物語を一つの映画の中で描いたと知って、違和感はないのかと、ちょっと心配したのですが、エルトゥールル号に乗っていた大尉ムスタファを語り手にして、時代を超えた物語をうまく紡いでいます。
テヘラン市内の様子やメヘラバード空港の場面などは、トルコのイスタンブル周辺で撮影されています。一瞬映るテヘランの空港近くのアーザーディ・タワーは、イラン映画の日本への紹介でお馴染みのショーレ・ゴルパリアンさんが撮影し提供したものとのことです。テヘラン編では、ペルシア語も聞くことができます。
歴史の中の美談、人と人は繋がり合えることを実感できる物語をぜひ映画を通じて知っていただければと思います。(咲)


2015年/日本・トルコ/カラー/2時間12分
配給:東映
公式サイト:http://ertugrul-movie.com/
★2015年12月5日(土)公開
posted by sakiko at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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