監督:イサベル・コイシェ(『死ぬまでにしたい10のこと』『エレジー』)
主演:パトリシア・クラークソン、ベン・キングズレー、ジェイク・ウェバー、グレース・ガマー、サリター・チョウドリー
ニューヨーク、マンハッタン。文芸評論家として認められ、充実した人生に幸せいっぱいのウェンディ(パトリシア・クラークソン)。ある夜、友人を交えた会食中に、21年間連れ添った夫テッド(ジェイク・ウェバー)の浮気が発覚。しかも浮気相手と再婚するといわれ、帰り道のタクシーの中で大喧嘩。翌日、ほんとに夫に立ち去られ呆然としているウェンディのところに、ターバン姿のインド人タクシー運転手ダルワーン(ベン・キングズレー)が忘れ物を届けにくる。その時、ふと目に止まったのが、タクシーの上の「運転教えます」の広告。車を運転できないウェンディは、夫がいないと郊外の娘のところにも行けないのだ。翌日から、ウェンディはさっそくダルワーンから運転を習い始める・・・
本作は、夫に見捨てられたウェンディが、移民のインド人ダルワーンから運転を習ううちに人生の舵取りの仕方も学んでいく物語。なのですが、私にとっては、ニューヨークのシク教徒の人たちの暮らしを垣間見ることのできる作品として興味津々でした。
インドには様々な民族がいるけれど、先のとがったターバンをきっちり巻いたシク教徒は、マイノリティーなのに、インド人を代表するがごとくの存在。ですが、「アラブ野郎!」と言われる場面が二度ほど出てきて、9.11以降、ターバン故にアラブと間違えられて殺されたシク教徒がいたことを思い出します。監督は、そんな状況もさりげなく織り込んでいます。
さて、本作には、ニューヨークの広々としたシク教寺院(グルドゥワーラー)が出てきて、かなり多くのシク教徒が暮らしているらしいことがわかります。プレス資料に溝上富夫先生(大阪外国語大学名誉教授)の「シク教徒の特徴とアメリカのシク教徒」と題する解説があって、ニューヨークだけでも10以上の寺院があるとのこと。特にクイーンズ地区には、7〜8あり、この地区にかなり多くのシク教徒が集中して暮らしているようです。
昨年公開されたドキュメンタリー映画『聖者たちの食卓』で紹介されたシク教寺院でのランガル(無料提供の菜食料理を皆でいただく)はもちろん、皆で楽器を弾きながら歌う場面や、伝統的な結婚式なども出てきます。ターバンを巻くところも! 一生切らない髪の毛が頭上に団子になっているのも見せています。
ダルワーンがなぜニューヨークにいるのかについて多くは語られないのですが、本国では大学で教鞭をとっていたこと、テロリストだと誤認されて収監されていたことがあって政治亡命したという言葉が出てきます。前述の溝上先生の解説には、1980年代の過激派シク教徒による独立運動に端を発するアムリトサルの総本山ゴールデンテンプルへの軍隊介入、そして、シク教徒によるインディラ・ガンディー首相暗殺という一連の動きの中で、海外に亡命したシク教徒がいることがわかりやすく書かれています。
ダルワーンを演じたベン・キングズレーの父はインド人医師、母はイギリス人モデル&女優。本物のシク教徒の方が見たらちょっと違うかもしれませんが、ターバン姿はまさにシク教徒のインド人。アメリカに亡命したイラン人家族を描いた『砂と霧の家』では、ちゃんとイラン人に見えました。
「シートベルトを締めて」という言葉に始まり、落ち着いた面持ちでウェンディに運転だけでなく人生の処し方も示唆するダルワーンですが、母親の指示でインドからやってきた花嫁との結婚式では、中年男らしい戸惑いを見せて笑わせてくれます。ちなみに花嫁役のサリター・チョウドリーは、『ミシシッピー・マサラ』(1991年/ミーラー・ナーイル監督)のヒロインを演じていた女優さん。といっても、かなり時を経たのでわかりませんでした・・・
イサベル・コイシェ監督はスペイン出身の女性。人種のるつぼニューヨークを舞台に、素敵な1作を仕上げてくれました。(咲)
2014年/アメリカ/90分/アメリカンビスタ/カラー/5.1ch
配給:ロングライド
公式サイト:http://shiawase-mawarimichi.
★2015年8月28日(金)よりTOHOシネマズ日本橋、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー