2018年08月26日

判決、ふたつの希望   原題:L'insulte  英題:The Insult

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監督:ジアド・ドゥエイリ (『西ベイルート』)
出演:アデル・カラム、リタ・ハーエク、カメル・エル・バシャ、クリスティーン・シュウェイリー、カミール・サラーメ

レバノンの首都ベイルート。とある住宅街で、違法建築の補修作業の現場監督であるパレスチナ人のヤーセルは、バルコニーから水が落ちてくるのに気づき、トイを補修する。ところが、その部屋に住むレバノン人のトニーは、勝手に取り付けたと憤慨しトイを壊してしまう。そのことに対し「クズ野郎」と言い放つヤーセルに、トニーはさらに憤慨。
この些細な出来事が、謝罪する、しないで、大きな揉め事に発展し、あげく、トニーはヤーセルを告訴。法廷に持ち込まれる。トニーは大手弁護士事務所の切れ者ワハビーに原告代理人を依頼。一方、本件はパレスチナ人に対するヘイト・クライムだとして人権派の女性弁護士ナディーンがヤーセルの弁護を申し出る。実は、ワハビーとナディーンは親子。
法廷は、単なる暴言を巡る仲裁から、政治問題へと発展し、国をあげての論争に発展してしまう・・・

レバノンの複雑な人口構成や、内戦の歴史が背景にある本作。
イスラーム教スンニ派のジアド・ドゥエイリ監督は、キリスト教系のファランヘ党に所属する女性ジョエル・トゥーマと共に脚本を執筆。人種や宗教の違い、さらには女性の目線も入れて、それぞれに配慮して描いたものとなっています。また、監督の父は裁判官、母は弁護士という背景もあり、特に弁護士である母からは法廷シーンについてアドバイスを得たそうです。

話が進む中で、パレスチナ人のヤーセルは、ヨルダンのアンマンで難民として暮らしていたが、1971年にレバノンに移住してきたことが語られます。ヨルダン政府と軍がパレスチナ人7千人を虐殺。そのことがあってヨルダン政府はパレスチナ人をレバノンに移住させたのです。一方のトニーは、生まれ故郷であるベイルートから20分程南東のダムールで、1976年にパレスチナ難民やイスラーム教徒によるキリスト教徒虐殺事件があって、故郷を離れたことが判明します。ヤーセルもトニーも、歴史に翻弄された人生をおくっているのです。

けれども、監督が描きたかったのは、レバノンの特殊な背景ではなく、正義とは何か? 人はどうしたら許しあえるのか? といったことではないかと感じました。

争いのもとになった暴言は、「パレスチナ人なんか、シャロン(2001年〜2006年のイスラエル首相)に抹殺されていれば!」というものでした。法廷で問われても、言ったトニーも、言われたヤーセルも決して明かしません。これを言っては、さらに論争が泥沼になるとわかっているから。
原題『L'insulte』は、侮辱という意味。
人は、それぞれいろいろなものを背負って生きています。お互い、どんな背景があるのかは知らなくても、それを察しながら、思いやることが円満に過ごす術でしょうか。
映画の最後に、「海の花嫁」と呼ばれた美しいダムールの町の過去の姿が映し出されます。世界には、争いごとのために愛する故郷を失った人が数多くいることにも思いが至りました。(咲)


2017年/レバノン・フランス/アラビア語/113分/シネマスコープ/カラー/5.1ch
配給:ロングライド
公式サイト:http://longride.jp/insult/
★2018年8月31日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開




posted by sakiko at 21:20| Comment(0) | 中東 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

テル・ミー・ライズ   原題:Tell Me Lies

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監督:ピーター・ブルック
出演:マーク・ジョーンズ、ポーリーン・マンロー、ロバート・ラングドン・ロイド、グレンダ・ジャクソン、イアン・ホッグ

1968年、ロンドン。ベトナム戦争で傷ついた子どもの写真に何か行動を起こさなければと歌う若者。コミックやロックで表現する者。デモする人たち・・・ 舞台演出家であるピーター・ブルックは、ベトナムについて、歴史や兵士の証言、テレビニュース、アメリカ上院の審議の議事録等々、出来る限りの資料を集め、さらに様々な国籍のジャーナリスト、戦争レポーター、アメリカ大使館の公務員、歴史家、僧侶などを呼び寄せる。それぞれが混迷を深めるベトナム戦争への思いを語る・・・

本作は、カンヌ映画祭で上映されることになっていたのに、その後、どういう理由からかは不明ながら上映が取り下げられました。5月革命で、結局、カンヌ映画祭自体が中止になってしまった時のこと。
当時は、社会が右派か左派かに分極化し、ベトナム戦争に反対するということは、左派の全ての考えに全面的に賛同することを意味していた時代。本作は右派左派どっちの視点も取ってないと酷評もされたそうです。
ヴェネツィア映画祭で審査員特別賞とルイス・ブニュエル審査員賞の2部門受賞した後、アメリカやイギリスの一部の劇場で公開されましたが、様々な妨害を受け、短期間しか上映できなかった上、本編も紛失してしまいました。2011年に本編が発見され、修復し2012年に復活上映。50年の時を経て、日本で公開されることになりました。
どっちの視点も取ってないことが、逆にいろいろなことを考えさせてくれます。
ベトナム戦争は終わりましたが、世界の各地で戦争は絶えません。世の中から戦争がなくなってほしいと思う人も多い一方、他者を排除しようという風潮も強くなっているような気がします。
本作の中では、どうすればいいかわからないけれど、純粋にベトナム戦争を終わらせたい思いで、いろいろな行動を起こした人々の姿をみることができます。今や、声をあげる人も少なくなっているのではないでしょうか。(咲)


表向きはベトナム反戦映画ですが、こういう分極化はあらゆる時代と場所で起きたのではないかと思います。
二つの選択肢しかないように追い込まれた状況下で繰り返されてきた葛藤を、演劇的な手法を駆使して描いた作品でした。
分極化の渦中にいながら複雑な視点を持って問題に対峙する姿勢、解決できない問題や矛盾とともにあろうとする態度、時折訪れる静かな場面がよかったです。

それから私自身が舞台作品をよく観るので、オリジナルの演劇と映画の変化を想像しながら観ました。
おそらく舞台の方は俳優の身体や佇まいが、映画にはないユーモアを醸し出していたと思います。
一方で、映画の終盤に「最大の快楽、最小の痛み」と言うコートの男は、二次元独特のフラットさで身体性がうまく消えていました。映画の中の人物として台詞を言っているのではなく、スクリーンのこちら側の本音を喋っているような効果が出ていました。

舞台のメイキングのドキュメンタリー「Benefit of the Doubt」も、いずれ機会があれば観てみたいです。(Simone)


イギリス/1968年/英語/DCP/ビスタサイズ/98分
配給:キノフィルムズ
公式サイト:http://tellmelies.jp/
★2018年8月25日(土)シアターイメージフォーラムにてロードショー





posted by sakiko at 21:09| Comment(0) | イギリス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする