2018年03月11日

馬を放つ   原題:Centaur

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監督・脚本:アクタン・アリム・クバト(『あの娘と自転車に乗って』『明りを灯す人』)
出演:アクタン・アリム・クバト、ヌラリー・トゥルサンコジョフ、ザレマ・アサナリヴァ

中央アジア、キルギス草原の小さな村。真夜中、厩舎から一頭の馬を連れ出し、馬上で両手を広げ天を仰ぐ男。その後、馬をそっと荒野に放つ。翌朝、馬主カラバイは高値で買った競走馬がいなくなったと大騒ぎ。サディルという盗みを繰り返す男に疑いをかけるが、馬を逃したのは、実はケンタウロスと呼ばれている純朴な男。口の聞けない若い妻と5歳の息子と暮らしている。妻は、なかなかしゃべろうとしない息子のために、夫に話しかけるよう手話で促す。ケンタウロスは、息子にキルギスに古くから伝わる馬と音楽の守護聖者カムバルアタの伝説を聞かせる。
やがて逃げた馬が草原で見つかる。盗みの疑いをかけられたサディルは真犯人を捕まえようと、ある馬主がすごい競走馬を買ったとの噂を流し、厩舎で見張る。真夜中、馬を連れ出したケンタウロスを取り押さえる・・・

馬を連れ出した理由を聞かれたケンタウロスの答えに、はっとさせられます。
富や権力のために、自然や伝統をないがしろにしてきた人間への戒めとも思える言葉。
変わり者のケンタウロスを演じているのは、アクタン・アリム・クバト監督ご本人。
馬の上で両手をあげるという軽業ができるのは、やはり騎馬民族キルギスの血でしょうか。
ケンタウロスは、かつて映写技師だったという人物。かつて映画館だった場所が、ソ連崩壊後、モスクとなっている姿が映し出されます。宗教回帰の一方で、何かが失われているようにも感じました。(咲)


◆暁さんの「第18回(2017)東京フィルメックスを振り返って」のうち『馬を放つ』部分を転載します。
http://cinemajournal.seesaa.net/article/455763071.html

キルギスの草原地帯の村。祖先が騎馬遊牧民だったキルギスの民は、自然豊かな大地を馬で駆け抜け、馬と共に生きてきた。アクタン・アリム・クバト監督がメガホンをとり、自ら主演を務め、馬に対する信念を秘めた人物に扮し、失われそうなキルギスに伝わる伝説や文化への思いを込めた。
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村人から「ケンタウロス」と呼ばれる寡黙な男は、妻と息子の3人で慎ましい暮らしをしていたが、古くからの伝説を信じ、夜な夜な馬を盗んでは野に放つ。ある日、買ったばかりの競争馬を盗まれた権力者が、犯人を捕まえようと罠を仕掛けたが、なんと捕まえたのは親戚筋(甥?)のケンタロウスだった。そして、ケンタウロスは(叔父)にキルギスの民が失なってしまった馬への思いを語る。(叔父)も馬への思いに気づき、(甥)の気持ちを汲み、罪を免除し、自分の厩舎で働かすことにしたのだが、それでは終わらなかった。

監督は上映が終わってからのトークで「キルギスの民は深く遊牧に関わっていたので<馬は人間の翼>であるという諺もあります。<翼>だからこそ自由でなければいけないと馬を解き放ったわけです」と語っていた。監督が住んでいた場所での実話を元にして、ストーリーを組み立てたという。
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ケンタロウスは、元は映写技師をやっていた。以前は映画館だった場所が、今はモスクとして使われていて、そこでケンタロウスやイスラム教徒が礼拝をしている時、ケンタロウスが映写室に行き、映画の上映を始めたシーンが印象的だった。以前は映画館だったのに、モスクになってしまっていたんだと思った。Q&Aでも「映画館が現在はイスラム教の礼拝所になっていましたが、キルギスではイスラム教徒が映画を排斥したのでしょうか?」という質問が出て、監督は「そうです。旧ソビエト時代には、いろいろな村に映画を上映する場所がありましたが、ソビエト時代が終わると、映画は大きな街の映画館でしか上映されなくなりました。これは私の村で実際に起こったことで、映画を上映していた場所がモスクになったんです。私の村だけでなくあちこちでそういうことがありました。もう一つはイスラム教徒の人々は文化をこんな風に扱っているというのを示すために描いたのです」と監督は語っていたけど、監督の映画への思いも込められていたと思った。
監督は「本作は何々に反対という映画ではありません。反イスラム教の映画ではないんです」と言っていたけど、ところどころにイスラム教の押し付けに対する抵抗的なことがあったと思う。シャーマン的な存在も出てきたし、女性が何か意見を言った時に、イスラム教の導師のような人が「女が意見を言うな」と言ったら、そこにいた男の人が「キルギスでは自治を得る戦いで女性も戦った。(*注) 意見を言う権利がある」というようなことを言うシーンがあった。これは、とても大きな抵抗の意志だと思った。そして最後に「キルギスの女性はヘジャブを強制されることはありません。女性議員もいます」と語っていた。

*注:2014年のアジアフォーカス福岡国際映画祭で上映されたえ『山嶺(さんれい)の女王 クルマンジャン』(2014年/キルギス 監督:サディック・シェル・ニヤーズ)では、19世紀初頭、キルギスの部族長(ダトカ)に嫁ぎ、夫亡き後、部族長としてキルギスの各部族をまとめ、人々に慕われた実在の女性クルマンジャンの生涯が描かれている。(咲)

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You Tube 『馬を放つ』アクタン・アリム・クバト監督Q&A
https://www.youtube.com/watch?v=MkjYr1iyi7g

2017年/キルギス・フランス・ドイツ・オランダ・日本/89分/カラー/シネスコ/DCP/5.1ch
配給:ビターズ・エンド
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/uma_hanatsu/
★2018年3月17日(土)より岩波ホールほか全国順次公開
posted by sakiko at 17:52| Comment(0) | 多数 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リメンバー・ミー(原題:Coco)

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監督・原案:リー・アンクリッチ
共同監督:エイドリアン・モリーナ
脚本:エイドリアン・モリーナ、マシュー・オルドリッチ
音楽:マイケル・ジアッキノ
声の出演:アンソニー・ゴンサレス/石橋陽彩(ミゲル)、ガエル・ガルシア・ベルナル/藤木直人(ヘクター)、ベンジャミン・ブラット/橋本さとし(エルネスト・デラクルス)、アランナ・ウバック/松雪泰子(イメルダ)

ミゲルはミュージシャンを夢見ているギターの天才少年。けれどもミゲルの一族では過去の出来事が原因で、音楽は禁止されていた。いつも見つからないようにこっそり手作りのギターを弾いている。知っているのは犬のダンテだけ。「死者の日」に憧れの伝説的ミュージシャン、デラクルスの霊廟に飾られていたギターを手にすると・・・目の前にカラフルな光景が拡がった!そこは「死者の国」。生きているミゲルが入り込んではいけないところだった。知り合った陽気なガイコツ、へクターの協力でガイコツメイクを施したミゲルは“ひいひいおじいちゃん”に会って元の世界に戻ろうと大奮闘。

メキシコの祝日「死者の日」は日本のお盆にあたるようです。ご先祖様の写真やお墓に、たくさんのろうそくやお花、好物を供えて帰りを待ちます。日本ではナスやキュウリの馬に乗って帰ってくるようですが、メキシコではマリーゴールドの花びらを敷き詰めた橋を渡って帰って来ます。死者の国の遠景は、『DESTINY 鎌倉ものがたり』の“黄泉の国”をもっと派手に明るくしたテーマパークのようです。わびさびの日本とはずいぶん違った賑やかさ!
住民はみなガイコツさんで亡くなったときのまま、20歳に戻ったりはしないようです。髪の毛と目はあり、洋服を着ています。骨は脆くて衝撃で外れやすいですがすぐ元通り。イベントやパーティもあって楽しそうな代わり、“生きている国”(現世)で忘れられると“死者の国”からも消えてしまうという厳しさもあります。思いがけない冒険をするはめになったミゲルが、ようやく人(?)前で歌う場面はこちらも嬉しくなります。たっぷり聞かせてくれる音楽と目くるめくようなビジュアルに酔ってください。見終わったあとは家族をいっそう大切に思うはず。
さきごろ発表になった第90回アカデミー賞では長編アニメーション賞&主題歌賞を受賞しました。『アナと雪の女王 家族の思い出』を同時上映。(白)


2017年/アメリカ/カラー/シネスコ/106分
配給: ディズニー
(C)2018 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
http://www.disney.co.jp/movie/remember-me.html
★2018年3月16日(金)ロードショー
posted by shiraishi at 01:18| Comment(0) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする