2017年09月10日

おクジラさま ふたつの正義の物語 英語タイトル A WHALE OF A TALE

劇場公開日 2017年9月9日
http://zounoie.com/theater/?id=okujirasama

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(C)「おクジラさま」プロジェクトチーム

NY在住女性監督が見つめる、世界の分断とその先の未来

監督 佐々木 芽生(ささき めぐみ)
音楽 デヴィッド・マズリン
プロデューサー佐々木芽生
エグゼクティブプロデューサー真木太郎 飯田雅裕
撮影 折笠貴
主な出演者たち 
太地町の捕鯨漁師たち
三軒一高 太地町町長
中平敦 日本世直し会会長
リック・オバリー イルカの元調教師/保護活動家
スコット・ウエスト シーシェパード代表
ジェイ・アラバスター ジャーナリスト・元AP通信記者

つつましい生活をしながら、世界屈指の現代アート作品を集め続けた夫婦を描いた『ハーブ&ドロシー』の佐々木芽生(めぐみ)監督が、この作品の後、6年の歳月をかけて「捕鯨論争」に挑んだ。その理由は『ザ・コーヴ』が紀伊半島南部にある太地町のイルカの追い込み漁を一方的に非難した作品だったのに対し、日本人の考え方を世界に伝える映画を作りたいと思ったことでした。

和歌山県太地町。この町のイルカの追い込み漁を批判した『ザ・コーヴ』がアカデミー賞を受賞して以来、この人口約3000人の小さな漁師町は世界的論争に巻き込まれてしまった。「くじらの町」として400年の歴史を持つ「誇り」は、シーシェパードを中心とした世界中の活動家たちから集中非難の的となり、ヒートアップする中の2010年秋、佐々木監督は太地町を訪れる。

そこでカメラは、「伝統である捕鯨を守りたい日本人漁師とそれを許さない外国人 」 という単純な対立ではなく、賛否に縛られない多様な意見を捉えていく。 歴史・宗教・イデオロギーと、相容れない他者との共存は果たして可能なのか? いろいろな立場で太地町に集まる人々の姿を通して、それぞれの考え方をすくい上げる。排除ではなく、共生する道をさぐる作品になっている。

『ザ・コーヴ』を観た時、あまりに一方的な作品で、アジアと欧米諸国の食文化の違いや、他者の嗜好を認めない、自分たちの思想や嗜好を押し付ける作品だと思った。佐々木監督もそれを感じたのだろう。前作品『ハーブ&ドロシー』のあと、次は『ザ・コーヴ』に対し、日本の漁師の思いを表明した作品を作りたいと語っていた。その作品、いつ形になるんだろうと見守っていたが、6年かかってできてきた。
『ザ・コーヴ』は、言語の問題で、意見を戦わせたり、コミュニケーションが取れないことも話がこじれてしまった原因と感じていたけど、佐々木監督はアメリカ在住の監督らしく、日本の漁師たちの意見だけでなく、シーシェパードのメンバーの意見も取り付ける。どっちの味方なんだという人もいるけど、もともと監督の思いは共生にあるわけだから、この形になっていったのだろう。2015年に公開された八木景子監督の『ビハインド・ザ・コーヴ〜捕鯨問題の謎に迫る〜』も、同じように『ザ・コーヴ』に対して、いてもたってもいられない気持ちから出発した作品だったけど、二人の日本の女性監督たちが漁師たちの思いを世界に伝えたいという思いから作った作品に敬意を表したい(暁)。



posted by akemi at 12:11| Comment(0) | 日本・アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あさがくるまえに   原題:Réparer les vivants

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監督:カテル・キレヴェレ
出演:タハール・ラヒム、エマニュエル・セニエ、アンヌ・ ドルヴァル、ドミニク・ブラン、ギャバン・ヴァルデ

海辺の町ル・アーブル。夜明け前、 シモンはまだ寝ている彼女を起こさないように、そっとベッドを抜け出し、窓から出てスケボーで坂を下りて行く。友人たちと落ち合い、サーフィンを楽しんだ帰り道、シモンたちの乗った車が交通事故にあってしまう。病院に運ばれたシモンは脳死と判定される。シモンの両親に、移植コーディネーターのトマはシモンが蘇生する可能性は低く、移植を待つ患者に臓器提供をしてもらえないかと打診する。
一方、パリでは心臓移植を待つ音楽家のクレールに、担当医からドナーが見つかったと連絡が入る。若くはないクレールは、移植をしてまで延命すべきかどうか悩んでいる矢先のことだった・・・

身体的には生きている息子の死をなかなか受け入れられない肉親の思い。方や、臓器移植を受けることができれば生き長らえる人がいる。移植コーディネーターの双方に対する複雑な思いが交錯する様を、タハール・ラヒムが静かに体現していました。
ジャック・オディアール監督の『預言者』で初めて観て以来、注目していたタハール・ラヒム。その後、ロウ・イエ監督、アスガル・ファルハディ監督、ファティ・アキン監督、そして黒沢清監督と、さまざまな国の名だたる監督に起用されてきましたが、本作は久しぶりにフランスの監督、しかも女性監督。
移植コーディネーターという微妙な立場にいるタハール・ラヒム演じるトマだけでなく、息子が脳死判定された両親、ドナーが現われるのを待つクレール等々、それぞれの感情を丁寧に描いていて、自分がその立場だったら・・・と、どの人物にも寄り添えました。(咲)


監督:カテル・キレヴェレ Katell Quillevere
1980年、父の赴任先であるコートジボワール生まれ。その後、パリに戻り、フェネロン高校で映画を学び、パリ第8大学で哲学を修め、映画の修士号を取得。2004年にセバスチャン・バリーとともにブレィヴ・ヨーロッパ中編映画祭を創設。2005年に初の短編映画『À bras le Corps』がカンヌ国際映画祭監督週間に出品され、 2007年のセザール賞にノミネートされた。2010年に『聖少女アンナ』で長編デビュー。再びカンヌ映画祭監督週間に出品され、ジャン・ヴィゴ賞を受賞。2013年、2作目の長編『スザンヌ』を発表。(フランス映画祭東京2014で上映) カンヌ国際映画祭国際批評家週間のオープニング作品に選ばれた。興行的にも成功した本作は、セザール賞5部門にノミネートされ、アデル・エネルが最優秀助演女優賞を獲得。今、フランスで最も注目されている女性監督の一人。(プレス資料より抜粋)

原作:2014年に発表されたメイリス・ド・ケランガルの、カンマを多用し、まるで呼吸するような独創的な文体が話題となったベストセラー小説”Réparer les vivants“ (日本未翻訳)。

2016年/フランス=ベルギー/カラー/104分/スコープ・ サイズ/DCP
配給:リアリーライクフィルムズ、コピアポア・フィルム
公式サイト:https://www.reallylikefilms.com/asakuru
★2017年9月16日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開



posted by sakiko at 09:11| Comment(0) | フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

50年後のボクたちは   原題:Tschick

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監督・共同脚本:ファティ・アキン
脚本:ラース・フーブリヒ
原作:ヴォルフガング・ヘルンドルフ(「14歳、ぼくらの疾走」)
出演:トリスタン・ゲーベル、アナンド・バトビレグ・チョローンバータル

14歳のマイクはクラスメイトのタチアナに片思いしているけれど、臆病者で話しかけることもできない。同級生からは変人扱いされている。おまけに母親はアル中で、父親は浮気中。ある日、チチャチョフ(愛称チック)という転校生がやって来る。ロシアの辺鄙なところから来たらしい。目つきが悪く、変な髪形をしている。隣の席のマイクと目を合わせようともしない。
タチアナの誕生日パーティが近づいたが、マイクとチックのところにだけ招待状が届かない。夏休みになり、アル中の母は病院に入り、父は愛人と旅に出てしまう。一人置き去りにされたマイクのところに、チックがオンボロ車“ラーダ・ニーヴァ”に乗ってやって来て旅に誘う。南へと向かう二人。目指すは、チックの祖父が住んでいるワラキア(ドイツ語で「未開の地」の意)。トラブル続きのハチャメチャな旅が始まった・・・

トルコ移民の両親のもと、ハンブルグで生まれたファティ・アキン監督が、ドイツ国内で220万部以上を売り上げ、26カ国で翻訳されている大ベストセラー小説「14歳、ぼくらの疾走」に惚れ込み、実写映画化した作品。
原作に基づいた作品ゆえ、『そして、愛に帰る』などのようにトルコの香りはしないけれど、本作は、若者のロードムービー『太陽に恋して』にもちょっと通じるところのある作風。
14歳という、ちょっと大人に足を突っ込んで背伸びしたい年代。警官に追いかけられたりもするけれど、思うがまま、やりたい放題の旅は、きっと一生忘れられない思い出になるでしょう。
出会ったイザという女性と3人で、50年後にまたここで会おうと約束します。50年後なんて、ずぅ〜っと先と思うでしょうけど、あっという間。中学3年生の頃の友達とは、それこそ50年来の付き合い。ずっと会ってない同級生に50年ぶりに会っても、あっという間に当時の気分に♪ 大人になってしまうと、大きな出来事も、それがいったい何歳の時のことだったか、あやふやになることもあるけれど、10代に起こった出来事は、鮮明に何歳の時のことか覚えているもの。若いときの経験って大事だなと思う。(咲)


配給:ビターズ・エンド
2016年/ドイツ/93分/ビスタ
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/50nengo/
★2017年9月16日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー




posted by sakiko at 09:08| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月03日

旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス 原題 Journal de France

2017年9月9日 シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開!

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(C)Paimeraie et desert-France 2 Cinema


監督 レイモン・ドゥパルドン クローディーヌ・ヌーガレ
製作 クローディーヌ・ヌーガレ
撮影 レイモン・ドゥパルドン
編集 シモン・ジャケ
キャスト
レイモン・ドゥパルドン
クローディーヌ・ヌーガレ
アラン・ドロン(アーカイブ映像)
ジャン=リュック・ゴダール(アーカイブ映像)
エリック・ロメール(アーカイブ映像)

フランスを代表する写真家の
“ガイドブックには決して載らない” 世界旅行記

フランスの写真家レイモン・ドゥパルドン(1942-)。マグナム・フォトに所属し世界中を飛び回って、20世紀の変革が起きた現場で取材を続け、スチールと映像で記録してきた。フランス国内でも、大統領選挙、裁判所、精神病院、警察といった国家機関の内部を市民目線で描くドキュメンタリーを製作。カンヌ映画祭をはじめ国内外で高い評価を得た。近年はフランスの伝統的な農業を続ける家族を追った作品など、「ガイドブックに載らない」風景を40年以上に渡って撮影した作品を発表。今日も彼は愛車のワゴンに写真機材を詰め込み、フランス中を走り回って写真を撮っている。
フランス、ヌヴェールの古びたタバコ屋の前で、ビューカメラと呼ばれる大型のカメラをかついで撮影しているレイモン・ドゥパルドン。「露出が1秒だから、車や歩行者は困るんだ」「その人が通ったら撮影」と言い、シャッターを切る。撮影しているのは50年代のおもむきを残すタバコ屋や食料品店、カフェや家など、人物ではない。ごく普通の人々が生活を共にするものばかり。
世界中の紛争地帯、独裁政権、傭兵、アフリカ、砂漠など、レイモンはそれまで発表してきた映像ではなく、撮ったけど使わなかった映像を使って一本の映画を作ることを試みた。その作品が、この『Journal de France=旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス』である。
レイモンの撮影してきた数々のフィルムの断片の合間に、フランス中を回って、大型カメラで撮影を続けるレイモン・ドゥパルドンの姿が挿入される。
共同監督を務めたのは、妻であり、映像作品の製作・録音を担当してきたクローディーヌ・ヌーガレ。「倉庫に眠る膨大なアウトテイクをつないで、一本の映画にしたい」というレイモンの夢を叶え、レイモン・ドゥパルドンの仕事の集大成作品を作った。

製作年2012年 製作国フランス 配給アンプラグド
公式HP

写真を始めて約45年。ベトナム戦争の頃(1970年代)には、ロバート・キャパ、石川文洋、沢田教一、一ノ瀬泰造らの撮った写真を見て、報道写真家を目指したこともあった。大石芳野、南條直子、古居みずえなど、ベトナム、カンボジア、アフガニスタン、パレスチナなど紛争地の写真を撮ってきた日本の女性写真家もいるが、私はとうとうそういう写真家にはなれなかった。なりゆきでそういう写真を撮るようになったという人もいるけど、それなりの覚悟と勇気がなければ、紛争地の写真を撮れるような写真家にはなれない。それは男の人だってそうだったろう。
そんな私だけど、マグナムに参加していたというレイモン・ドゥパルドンを知らなかった。この映画で彼のことを知った。ワゴン車でフランス中を廻り、8×10(バイテン)の大型カメラで、景色を撮影している映像が出てきて、今でもバイテンのカメラで撮っている人がいる!と驚いた。この映像の合間に映し出されるかつて撮影した映像だけど、あまりにも短すぎて、何の場面なのか、どこなのか、誰なのか、把握しきれなかった。人でわかったのはアラン・ドロンとネルソン・マンデラだけだった。ロメールとかジスカールデスタン大統領などは解説があってわかったけど、ゴダールは見逃した。そのくらい一瞬しか出てこなかったりする。歴史上の人物とか、事件、フランスの映画人などに詳しい人が観たらすぐわかるかも。何が出てくるか、誰が登場するかと思いながら観るのも楽しいのではないだろうか。
私にとってはアフリカに興味があり、アフリカの映像が多くて興味深かった。1960年代はアフリカの国々の独立が多かったので、フランスのジャーナリストとしてはやはり、多く出かけたのかもしれない。(暁)

レイモン・ドゥパルドン、日本初の個展「DEPARDON / TOKYO 1964-2016」開催中!
場所:シャネル・ネクサス・ホール
東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング 4F
http://chanelnexushall.jp/about/access/
9月1日(金)〜10月1日(日)12時〜20時(入場無料・無休)
1964年の東京オリンピックから現在までの東京がテーマ。2017年秋は、まだ日本国内ではあまり知られていないドゥパルドンの魅力を堪能できそうです
posted by akemi at 21:19| Comment(0) | フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

三里塚のイカロス

2017年9月9日(土)よりロードショー
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(C) 2017 三里塚のイカロス製作委員会


監督・編集:代島治彦/撮影:加藤孝信/音楽:大友良英

成田空港、滑走路の下に“あの時代”が埋まっている。
三里塚の農民とともに国家権力と闘った若者たちの“あの時代”と“その後の50年”

本作は『三里塚に生きる』(2014/監督・撮影:大津幸四郎、監督・ 編集:代島治彦)の姉妹編。『三里塚に生きる』が国家と闘った農民を中心に描いたのに対し、本作は農民と共に闘った若者たちのその後を描く。
三里塚の空港反対闘争を指導した農民運動家、三里塚闘争の現地責任者だった元中核派政治局員、農民支援に入った農家の若者と恋をして結婚した女性達、そして元空港公団職員など、空港反対闘争によって人生が大きく変わった方たちが、“あの時代”と“その後の50年”の記憶を語る。
ある日突然、ここに空港を作るから出て行きなさいと言われた農民たち。土地を守るための農民たちとその闘争を支援した人たちの闘い。それが、日本最大の国家権力に対する抵抗運動、成田空港建設反対闘争だった。成田市三里塚の農村地帯に巨大空港を作ることを決定した政府による暴力的な土地収奪に農民たちは抵抗運動を開始。そして農民たちの思いに共鳴した若者たちが集まり、国家権力との闘いは大きなうねりになっていった。
しかし空港は作られた。あれから50年。“三里塚→成田”から、毎日海外旅行へと人々が旅立っていく。
そこでかつて何があったのか、多くの若者たちは知らない。成田空港のその地に“あの時代”が埋まっていることを忘れてはならないと、この映画は作られた。
三里塚現地責任者を務めた元中核派政治局員・岸宏一さんは、本作完成後の2017年3月26日、谷川岳で遭難し、本作が最後の貴重な証言となった。撮影は小川プロ出身の加藤孝信。

三里塚闘争の頃、中学生〜高校生だった。自分が耕している農地が、「ある日突然、空港になるから出ていけ」ということになって、怒った農民たちが行動を起こした。その農民たちの姿に共感したのを覚えている。そして、成田空港ができたあとも、この空港を利用すまいと思った。でも初めて海外に行った1990年頃は羽田からの国際便がほとんどなくて、成田を使わないわけにはいかなくて、仕方なく使った。すごく後ろめたかった。
その後、羽田からも国際便があるようになって成田は遠のいた。今では羽田から海外に行く。羽田からの国際便が増えた事情を考えると、あの成田闘争(三里塚闘争)はなんだったのかと、『三里塚に生きる』を観た時に思った。だったら最初から羽田空港を広げられなかったのかと思ったのだった。
そして、この作品でびっくりしたのは、闘争に参加した女子学生で、この地の農家に嫁いだ女性が結構いたこと。その視点で考えたことはなかったので。彼女たちの生きてきた道を思い、その地で生きる決心をしたことの力強さに頼もしく思った。
そして、空港の反対闘争に参加した人だけでなく、一方の当事者だった元空港公団職員で、用地買収を担当していた方の話も聞けたのは貴重だった。自宅を爆破までされてしまったということを知り驚いた。
国の都合で物事が決まって当事者たちが振り回されたというのは、ここでもそうだったのかとの思い。あれから50年以上たっているけど、ここに暮らす人たちの思いはきっと変わらないのだろうと思った。(暁)

数年前、成田空港からどこへ向かった時か忘れたけれど、飛行機が滑走路で離陸待ちをしていた時、窓の外に三里塚闘争の時のやぐらが見えて、まだあったのかと感慨深く思ったことがありました。
思えば、私が三里塚闘争のことを深く意識したのは、1978年春のこと。初めての海外旅行でイランに行くのに、開業間もない成田空港から飛び立つはずでした。どうやって遠い成田空港まで行こうかと思っていた矢先、開港予定日の4日前の3月26日、反対同盟を支援する新左翼グループが空港管制塔を占拠し破壊。開港が遅れ、私は羽田から飛び立ったのでした。
そも、なぜあんな不便なところに国際空港を建設する必要があったのでしょうか? 当時は、羽田は夜間飛行制限があるから作れないとのことでした。でも、今や、羽田は国際空港として機能しているではないですか。
農民たちから無理矢理土地を奪うという国家による暴挙! 本作では、その農民たちを支援して政府に声をあげた若い人たちのことを追っていて、その情熱や、その後の様々な人生に、ただただ驚くばかりでした。怪我や骨折覚悟で抵抗運動に身をやつした人たち・・・
闘争に人生を賭け結婚もできなかった男性が、年老いた母親の下の世話をしなければならないと語っている姿が、なんとも虚しかった。今の日本で、ここまでして権力に声をあげられる人がどれだけいるでしょう・・・ (咲)


2017年/日本/138分/配給:ムヴィオラ、スコブル工房/英語字幕付 with English Subtitle

2017年9月9日(土)よりロードショー
《同時上映》
特集上映『ドキュメンタリーの大宇宙 小川プロダクション・三里塚とあの時代1967ー1973』『三里塚に生きる』 

《舞台挨拶&トークイベント》
9/09(土)15:30『三里塚のイカロス』上映後。代島治彦監督、加藤孝信さん(撮影)による舞台挨拶。プロフィールはこちら
9/16(土)15:30『三里塚のイカロス』上映後。ゲスト:中川憲一さん(出演者、元プロレタリア青年同盟)、代島治彦監督
9/23(土)15:30『三里塚のイカロス』上映後。ゲスト:前田深雪さん(出演者、元ML派)、代島治彦監督
9/30(土)15:30『三里塚のイカロス』上映後。ゲスト:平田誠剛さん(出演者、元第四インター)、代島治彦監督

小川プロ特集
9/11(月・祝)13:00『三里塚・第三次強制測量阻止闘争』上映後。ゲスト:北井一夫さん(写真家)、代島治彦さん(『三里塚のイカロス』監督)
9/16(土)13:00『現認報告書 羽田闘争の記録』上映後。ゲスト:三上治さん(評論家)、小林哲夫さん(ジャーナリスト)、代島治彦さん(『三里塚のイカロス』監督)

posted by akemi at 20:30| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする