2014年07月11日

南風(なんぷう)

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監督:萩生田宏治(はぎうだ・こうじ)
脚本:荻田美加
出演:黒川芽以(風間藍子)、テレサ・チー(トントン)、コウ・ガ(ユウ)、郭智博(ゴウ)、ザック・ヤン(健南)

風間藍子26才。ファッション誌の編集者から、地味〜な単発の企画記事の担当に異動することになった。おまけに付き合っていた彼氏を年下の女の子に取られ、落ち込んだまま台北へやってきた。ガイド兼通訳を頼もうと、あてにしていた先輩は身重で1人で回ることになってしまい、さらに暗雲。サイクリングイベントの取材のため、自転車を借りようと入った店で女子高生のトントンに出会う。トントンは、あろうことか彼氏を取ったにっくき年下の彼女そっくり!モデル志望のトントンは、藍子が日本の雑誌の編集者と知って、下心満々でガイド役を申し出る。

台湾を自転車で巡る映画というと、2007年のさわやかな佳作『練習曲』(台湾映画)を思い出します。その年の興行成績1位になり、自転車旅行のブームが起こったとか。
この『南風』は日本・台湾合作。この試写の前後に観た作品にも出演していた黒川芽以が主演。初めてのロードムービーですっかり自転車の魅力にはまったとか。藍子はこれまで演じた中でも素の自分に近いそうです。
言葉が通じなくてもどかしい藍子、不思議ちゃんトントン、後から加わってくる男性陣たちとのドラマがまったりしてちょっと長く感じました。台湾の優しいゆるさのせいでしょうか。古い町並みや、美しい台湾の海岸線など南の風に吹かれて走ってみたくなります。(白)


2014年/日本・台湾合作/カラー/93分/
配給:ビターズ・エンド
(C)2014 Dreamkid/好好看國際影藝
www.nanpu-taiwan.com/

★7月12日(土)より シネマート新宿 ほか、全国順次ロードショー
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2014年07月06日

怪しい彼女(原題:Miss Granny)

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監督:ファン・ドンヒョク
撮影:キム・ジヨン
美術:チョ・ギョンソン
音楽:モグ
出演:シム・ウンギョン(オ・ドゥリ)、ナ・ムニ(オ・マルスン)、ソン・ドンイル (パン・ヒョンチョル)、イ・ジヌク(ハン・スンウ)、ジニョン(パン・ジハ)、パク・イナン(パク氏)

夫に先立たれ、苦しい生活のなか女手一つで息子を育て上げたオ・マルスンおばあちゃん。大学教授になった息子が自慢で、嫁や孫には毒舌で言いたい放題。毎日いびられた嫁は、ストレスで倒れて入院してしまった。たまりかねた家族が、老人施設に入れようかと話しているのを聞いてしまったマルスン。ふらふらと通りかかった写真館で葬儀用の写真を撮影してもらった。なんだか妙な感じがしてガラスに映った顔を見ると・・・中味は70歳のまま、姿かたちが20歳に若返っていた!(ここからナ・ムニからシム・ウンギョンに代わります)。
写真館は跡形もなく消えてしまっていて、このままでは家にも帰れない。マルスンは、ファンだったヘプバーンから思いついた「オ・ドゥリ」と名乗り、新しい生活を始めることにした。彼女の正体に気づいたのはただ一人・・・。

子役出身のシム・ウンギョンは、製作時は19歳だったのですが、方言丸出し+口が悪い+気が強いおばあちゃんを演じてほんとに上手です!大先輩であるナ・ムニの動きをよく観察したのだとか。
見た目と中味のギャップで笑わせるだけでなく、劇中で歌う懐メロもオリジナルの歌も本人という頑張りやさん。次の作品が楽しみな若手です。
激動の時代に一人奮闘したマルスンには自分の夢を見る余裕などありませんでした。韓国の歴史を垣間見ると、そのガンコさも納得。家族も毒舌の内側にあったマルスンの思いを徐々に知ることになります。そんな側面も見せながら「青春よ、もう一度」と願う人には夢のようなお話が展開します。もし20歳に戻れたら何をしますか?

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笑わせ、泣かせの塩梅も絶妙で、ファン監督はこういうセンスもあるのだと感心しました。前作は障害児施設での虐待を描いた『トガニ 幼き瞳の告発』。あの院長役だったチャン・グァンが、今度は不思議な写真屋さんで出演。サプライズ登場の人もいますのでお楽しみに。(白)


2014年/韓国/カラー/125分/ビスタ
配給:CJ Entertainment Japan
(c)2014 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.
http://ayakano-movie.com/

★7月11日(金)TOHOシネマズ みゆき座ほか全国ロードショー
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マレフィセント(原題:Maleficent)

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監督:ロバート・ストロンバーグ
製作総指揮:アンジェリーナ・ジョリー、マイケル・ビエイラ、ドン・ハーン
出演:アンジェリーナ・ジョリー(マレフィセント)、エル・ファニング(オーロラ姫)、サム・ライリー(ディアヴァル)、シャルト・コプリー(ステファン)、イメルダ・スタウントン(ノットグラス)、ジュノー・テンプル(シスルウィット)、レスリー・マンヴィル(フリットル)

妖精の国のお隣のある王国に、待ちに待ったプリンセスが誕生した。オーロラ姫と名づけられたばかりのベビーに妖精たちが「美しさ」や「幸せ」を贈っているとき、招かれていない妖精マレフィセントがパーティに現れる。マレフィセントはオーロラ姫へ「16歳の誕生日に永遠の眠りにつく」という呪いをかけてしまった。誰にもその呪いを解くことはできず、まだ贈りものをしていなかった小さな妖精が「真実のキスだけが眠りをさます」と魔法をかける。国王はオーロラ姫の指を刺すことになるという国中の糸紡ぎ機を処分させる。さらにマレフィセントの手が届かないように、オーロラ姫は三人の妖精に預けられ、森の奥深くで育てられることになった。

「眠り姫」のお話を悪役のマレフィセントの側から描いた実写版。なぜマレフィセントがそんな呪いをかけたのかが、マレフィセントの少女時代の人間社会との因縁から解き明かされていきます。アンジェリーナ・ジョリーが製作にも携わり、アニメの魔女と同じ角の生えた黒いコスチュームで圧倒的な存在感を示しています。成長していくオーロラを見守る表情の変化で、邪悪に見えた心の奥にある優しさがわかります。
オーロラに扮するエル・ファニングが可憐。幼少期のオーロラは、アンジェリーナとプラッド・ピットとの愛娘ヴィヴィアンちゃん。彼女に決まったのは、ほかの子どもたちがみんな怖がって近づいてきてくれなかったからだとか。パーティのシーンにはパックス君とザハラちゃんも登場しているそうです。(白)


2014年/アメリカ/カラー/97分/シネマスコープ
配給:ディズニーエンタテインメントオブジャパン
(C) 2014 Disney Enterprises, Inc. All rights reserved.
http://ugc.disney.co.jp/blog/movie/category/maleficent

★7月5日(土)2D/3Dロードショー
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DOCUMENTARY of AKB48 The time has come 少女たちは、今、その背中に何を想う?

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監督:高橋栄樹
企画:秋元康
撮影:高橋栄樹、角田真一、木村太郎
出演:AKB48

2013年のAKB48ドキュメンタリー第3弾『DOCUMENTARY OF AKB48 NO FLOWER WITHOUT RAIN 少女たちは涙の後に何を見る?』につぐ第4弾。2013年の第5回選抜総選挙から2014年6月まで監督自らカメラを手にメンバーたちに密着。これまでよりさらにリアルな表情を捉えている。昨年末紅白歌合戦での大島優子の卒業宣言以後、大きな岐路に立たされたメンバーたち。ニュースでも大きくとり上げられた握手会での事件、大規模なメンバーの移籍、組閣、第6回選抜総選挙、大島優子の卒業コンサートなど見ごたえ十分。ファンは必見。

このシリーズのおかげでメインの人たちの区別がつくようになりました。2005年の結成からこれまで、活動は拡大していき、現在は研究生たちも含めると350名を越える大所帯になっているようです。その頂点にいる人たちにはそれだけの魅力があり、輝き続けるための努力もハンパではありません。
今回のほぼ主役の大島優子さんは、自分を特別なにかがあるわけでない器用貧乏みたいに言っていましたが、その万人に愛されるキャラと仲間と観客を第一に思う姿勢こそが特別なのだと思いました。彼女の背中を見て、目標にしている少女たちが後に続いています。みんなの夢が叶うようにと、オバチャンも祈らずにいられません。(白)


2014年/日本/カラー/120分
配給:東宝映像事業部
(C)2014「DOCUMENTARY of AKB48」製作委員会
http://www.2014-akb48.jp/
7月4日(金)よりロードショー
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2014年07月04日

『消えた画 クメール・ルージュの真実』公開に寄せて

いよいよ、7月5日(土)から渋谷・ユーロスペースで公開が始まる『消えた画 クメール・ルージュの真実』。この地域に思い入れの深いMacoさんより、映画レビューをいただきました。(咲)

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カンボジア映画として、日本で初の一般劇場公開となるリティ・パニュ『消えた画 クメール・ルージュの真実』。
 権力者による市民に対する大虐殺を描いた作品としては、4月の封切り以後、大ヒットロングランのインドネシア1965年の市民大虐殺の実態を、加害者による再現という驚愕の手法の『アクト・オブ・キリング』同様、まさに今見るべき映画として大きな注目を集めている。

 リティ・パニュはボル・ボトが政権を握った75年、クメール・ルージュの都市住民に対する大粛清で、プノンペンから農村の強制労働キャンプに送り込まれた。家族中唯一生き延び、79年にタイ難民キャンプにたどり着いたたリティ当時15才、翌年パリに移住する。
 その後パリ高等映画学院で映画を学び、80年代末よりカンボジアを主要なテーマとして、数多くのドキュメンタリーと劇映画を撮り続けている。
 日本では、山形国際ドキュメンタリー映画祭で多くの作品が上映され、何度も賞を獲得している。劇映画では『戦争の後の美しい夕べ』(98、東京国際)は劇映画デビュー作『ネアック・スラエ 稲作の人びと』(94)も共にカンヌのコンペ部門に出品されている。

 今回「虐殺の記憶を超えてーリティ・パニュ監督特集」でも上映される、『S21 クメール・ルージュの虐殺者たち』(02)は、手法の「驚愕性」という点では『アクト・オブ・キリング』以上の衝撃を世界各国で与えた。
 生きて出ることは決してできないと言われた、プノンペンの政治犯収容所「S21」(トゥール・スレン)。元リセ(フランスの教育システムの高校にあたり、インドシナ旧植民地にもあった)、現トゥール・スレン虐殺犯罪博物館。奇跡的に生還した被害者と加害者(看守)が25年を経て対峙し、当時の過酷な状況を語る。
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 アジアを撮るドキュメンタリー監督としては、ワン・ビンと双璧の厳格な作風と評されるリティ・パニュ。今回の『消えた画 クメール・ルージュの真実』は、多くの命が失われた大地から採られた泥で作られた人形による素朴でいて巧みなジオラマで、当時の悲劇の顛末の再現と、モノクロのクメール・ルージュのプロパガンダフィルム、僅かに残っていたカンボジアの日常生活の実写映像で構成されている。
 今までの作品では見られなかったリティ・パニュ自身の、家族と故郷を喪失したカンボジア人としての出自・視線が、もう二度と取り戻せない「命」と「記憶」を素朴な土人形による再現という、思いもよらない手法で鮮烈に描かれ(語られ)ている。
 何しろ、クメール・ルージュは都市のあらゆる知識層を、戦争や政治の混乱で荒廃した農村に追いやり、当時盛んだった映画やアート・文学・宗教に関わる人材も作品も全て否定して粛清・破壊しつくしたのだ。(知識層を目の敵にしたのは、ポル・ポトはじめ幹部達は、実は国費のパリ留学組インテリという背景を都市の知識層に指摘されることを恐れた、という説もある。)
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 今までの作品で語られることの無かった、リティ・パニュ自身の家族や当時の豊かな都市生活の追憶も語られる。勿論素朴な土人形達は自ら喋らないが、主人公(リティ・パニュ自身)の「語り」は詩的で美しく/物悲しく、豊穣だ。
 学校制度整備に尽力した教育者だった父は、キャンプに送られた後、クメール・ルージュに反する自らの意思で食を絶ち絶命した。リティは来日時、もしクメール・ルージュの悲劇がなければ、自分も教師になっていただろうと語っていた。

 強制労働キャンプ以降のシーンは、当時すべての人が個人否定のユニフォームとして与えらた黒服を纏った人形による再現で「失われた」カンボジア人民の悲劇を、なお更強く見るもの心に訴え、交互に挿入されるモノクロのプロパガンダ映像の虚構性を際立たせている。

 一方、悲劇が起こる前のプノンペンの都市生活は、とても豊かで甘美なものであったことが分かる。文学を愛する父、やさしい母、亡くなった兄はロックバンドを組んでいて、近所に映画監督が住んでいて、横丁では度々ロケをやっていた・・。(シアヌーク国王は自ら監督・主演もするなど、カンボジア映画の振興に尽力していたことでも知られる)
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この作品を見て、思い返したのは東京国際で見た『戦争の後の美しい夕べ』だ。
劇映画としては、すこぶる東南アジア的メロドラマで、一連のドキュメンタリー作品でリティ・パニュと出会った観客の方たちからすると、意外な作品かも知れない。時代はUNTACがカンボジアに入った92年。混沌のプノンペンで、クメール・ルージュとの戦いから復員した天涯孤独の兵士と田舎の家族を養うためナイトクラブで働くホステスとの悲恋物語である。前作『ネアック・スラエ 稲作の人びと』はポル・ポト政権崩壊後の農村で水牛を引き米を育て仏と精霊を信じるカンボジア人本来の「ネアック・スラエ=稲作をする人」の生活を精緻なドキュメンタリータッチの描写と、彼らが引きずる暗黒時代のトラウマで精神を病む一家の母や白昼夢と対比させ、混乱と喪失感に満ちた当時を描いている。まったくタッチの違う二つの作品は実は前後編と言え、ホステスは元兵士と連れ立ち田舎に帰郷し、農作業を手伝い束の間の幸福な「稲作の人びと」となる。母は夫を戦闘で亡くし、やはり精神を病み家に閉じ込められている。
 この二つの作品に先立つ90年、リティ・パニュは11年ぶりにカンボジアに戻った。
元来は都市のインテリ層で「稲作の人びと」とは遠かったリティ・パニュは、皮肉にもキャンプに送られた事で、カンボジア人の原風景を体験し学んだとも言える。

 リティ・パニュはすべての人材と技術、伝統と財産が失われたカンボジア映画の為に「ボファナ視聴覚資産センター」をプノンペンに設立し、パリとプノンペンを行き来して多くの若き次世代の映画人の育成にも力を入れている。『消えた絵』本編にも折々に人形の製作過程が挿入されているが、全ての土人形もセンターの若き美術スタッフによりひとつひとつ魂を込めつつ作られたものだ。11年に東京国際、アジアフォーカスでも上映された『飼育』(大江健三郎原作の翻案)は、初めてカンボジア人の映画プロフェッショナルスタッフによって完成した作品あるという。
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 「消えた絵の」終盤、両親がリティ・パニュに語りかける微笑ましいくだりがある・・「お前はクメール・ルージュの映画ばっかり撮り続けるのかい?」
 長らく国内外の権力闘争に翻弄され続けてきたカンボジア人自身が過去の悲劇を検証しなければならないし、自ら未来を編んでいかなくてはならない。リティ・パニュはそれを映画で実践している人なのだ。

付記)
劇場公開に併せ、『消えた絵』の卵とも言えるリティ・パニュの著作が出版された。
   ↓
『消去: 虐殺を逃れた映画作家が語るクメール・ルージュの記憶と真実』
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4773814160/ref=ox_sc_act_title_1?ie=UTF8&psc=1&smid=AN1VRQE

東南亜のカルチャー街角や田んぼあたりを逍遥継続中。
by Maco(Mali)Studioscentcat

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★作品情報は、こちらをどうぞ!
http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/400634411.html

画像:(C) CDP / ARTE France / Bophana Production 2013 - All rights reserved
posted by sakiko at 09:13| Comment(1) | TrackBack(0) | カンボジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする